三羽雀

秘密の談合

 「春子ちゃん。今日も神藤さんのホルン、聴きに行くわよね?」
 授業終わりに春子に声を掛けたのは、いつも学校帰りに一緒に公園で勝俊のホルンを聴く友人だった。
 「いいえ、それが今日は都合が悪くて……」
 春子は友人に申し訳なさそうな表情を見せた。
 「あら、そうなのね。それなら私も今日は帰ろうかしら」
 (神藤さんに結婚前提の関係を求められただなんて、口が滑っても言えない!)
 この日は公園に寄ることなく久しぶりにいつもと違う道を通って帰宅したが、友人は既に春子の浮かない様子に気がついていた。
 「何か悩みでもあるの?そんなに暗い顔して」
 「ううん。なんてことないのよ」
 春子は足元を見ながら歩いている。
 「何もないなら良いのだけれど。あんまり無理しちゃ駄目よ」
 それ以上の会話はなかった。
 「ただいま」
 春子が帰宅して玄関で靴を脱いでいると、部屋の奥から女中のゆきが出迎える。
 「お嬢様、お客様がいらっしゃったので応接間のほうにご案内しております」
 「お客さん?私に?……誰かしら」
 ゆきは春子の鞄を受け取りながら応える。
 「確か神藤さんという方でしたが……」
 その名を聞いた途端、春子は眉を(ひそ)めた。会いたくなかった人が何故かこの家にいる。
 (帰すわけにもいかないし逃げられない……弱ったなあ)
 「分かったわ」
 春子は応接間へ向かう。開け放されたドアの先には、一人掛けのソファーに座り本を読む勝俊の姿があった。
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