三羽雀
 「有難うね、伊坂さん……あなたも大変だったでしょうに。結局工場も全部焼けたんでしょう?」
 話は一転、(かげ)りを見せた。
 「ええ、まあ……私も山梨に疎開していたんだけれど、戻ってきてみたら日本橋の家は本宅だけは残っていたけれど別邸とお庭は焼けてしまって、土地は接収されるし、やっぱりこっちはこっちで本社も工場(こうば)もみんな無くなって、この場所も元々うちの工場だったんだけれど、残ったこの土地に工房を建てたの、頑張ってくれたのは父と兄だけれどね。家はこの隣よ」
 気がつけば話も再び明るくなった。幸枝のすぐ隣には、『伊坂家具工房』と書かれた札が掛けられている。
 「これはお父様が書いた文字を工員だったかたが看板にしてくれたの。腕利きの職人さんよ」
 幸枝は誇らしげに木の大きな札を見つめている。
 「私は今も前と変わらず事務仕事だけれどね。伊坂工業のときから働いてくれていた人の中でも本当に数人だけまた一緒に働けることになって……嬉しいわ」
 その表情は彼女の感じる感慨深さを物語っているようにも見える。
 「いやね、話しすぎちゃった」
 照れ隠しのように髪を撫でた幸枝は、
 「そろそろお仕事に戻らなくちゃ。今は年中無休、働き詰めよ!」
 と、これからの仕事にも精を出すように声を張っている。
 「そろそろ私達もお(いとま)しようかしらね」
 「そうね」
 幸枝は申し訳ない表情を見せ、
 「御免(ごめん)なさいね、お茶のひとつも出せないで」
 と二人に謝ったが、
 「気にしないでよ!ちょっと偶然立ち寄っただけなんだから。またお話しましょうね」
 と春子が微笑(ほほえ)んでいる。志津も同じ考えのようだ。
< 319 / 321 >

この作品をシェア

pagetop