ワインレッドにさよならを
――……鮮やかなワインレッドのリップは、精一杯の背伸びだった。


 緩慢な動きでぼさぼさの髪をかき上げて、理香は机の上の化粧ポーチからリップを手に取った。
 キャップをあけて、その鮮やかなワインレッドを見つめ、またポーチの中に戻す。

 捨てようとはまだどうしても思えない。もうきっとつけることはないくせに未練がましいと自嘲した。

 鏡を覗き込むと、酷い顔をした自分が見えた。

 泣きはらしてもう涙は出ないけれど顔は浮腫んで、目の下のクマが濃く出ている。

 こんな顔、彼には絶対に見せられない。見せるはずもないし、もう会うこともないと決めたのは自分のくせに、そう思うと何でだが泣きたい気持ちになった。

「……せいいちさん、……」

 二度と、会わないと決めた男の名前。
 今も会いたくて仕方がない男の名前。

 割り切っていると思っていた。

 自分は大人なのだから、割り切った関係だと。
 だから、この恋を終わらせたところでこんなに苦しくなるはずがないと、どこかでそう思っていたのに。

 自分で思っているよりもずっと自分は弱かったのだと思い知った。
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