叶わぬ恋だと分かっていても
***

 家に帰る車中で、そんな博多でのあれこれを思い出した私は、それだけで下腹部がトロリと濡れてくるのを感じた。

 私はなおちゃんとの情事に、どれだけ毒されているんだろう。

 後部シートにケージごとシートベルトを掛けて乗せている直太朗が、ミラー越し、そんな私をつぶらな瞳でじっと見つめてきて。その視線が物凄く非難めいて感じられた私は、慌ててミラーから視線を逸らした。


***


『なのちゃん、仕事が終わったらうちに来なさい。いいわね?』

 翌日、気怠い身体に鞭打って仕事を終えて、ロッカーから携帯を取り出してみると、お母さんから留守電が入っていた。

 どこか有無を言わせぬ雰囲気をまとった固い口調のその声音に、私は嫌な予感を覚える。

(何だろう)

 思いながらも、お母さんに「何の用?」と折り返す勇気もないままに、ギュッと電話を握りしめて――。

「あ、なおちゃんに――」

 夕方実家に行かないといけないとなると、今日はなおちゃんに会えない。

 ちゃんと連絡しないとって思って、なおちゃんに電話をかけたらすぐに応答してくれた。

『どうしたの?』

 なおちゃんの優しい声音に、今すぐ会いたいという気持ちが込み上げる。

 でも今日は――。


「ごめん。なおちゃん。お母さんから呼び出しがかかっちゃって。今日は会えそうにないの」

 言ったら、少し沈黙があった後、『……そっか』と少し残念そうな声が返った。

『ねぇ菜乃香(なのか)。昨日、旅行から帰った後、実家に寄らなかったの?』

 当然のように聞かれて、私は見えないと分かっていながらも、フルフルと首を横に振りながら「行ったよ。お土産もちゃんと渡して直太朗も連れて帰ってきた」と答えた。

 なおちゃんと話しながら、心の中、昨日顔を見せたばかりなのにホント何の用だろう?って、胸騒ぎが止められなかった。
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