叶わぬ恋だと分かっていても
「あ、あの……夏美、さん?」

 私が恐る恐る呼び掛けたら、

菜乃香(なのか)さん……、に電話っ、ちゃんと繋がった……。なおさんが……もう番号変えてるかも知れな、ぃとか、言うから……。私、私……。こんなことなら……もっと早、くに菜乃香さっ、に電、話し、てたら、良かっ、た』

 そこまで一気に言うなり、夏美さんがまた泣き出して、私は戸惑ってしまう。

 きっと、彼女が言う〝なおさん〟は〝なおちゃん〟と道義だ。

 なおちゃん自身からの電話ではなかったけれど、彼絡みの話であろうことは明白で。

 私はたっくんのためにスピーカー通話のまま会話を続けるのが最善だと判断した。

 でも、やっぱり一応そのことは相手にも伝えておくのが筋だよねとも思って。

 私は一度だけ深呼吸をすると、電話口で泣きじゃくる夏美さんにそっと呼び掛けた。

「夏美さん……」

『あ、あのっ、なっちゃんって……呼、んでく、ださい。なおさん、もっ、そう呼んでくれて、た、ので……』

 何故はじめましての彼女とそこまでフレンドリーに接しないといけないんだろう。

 一瞬、〝古田夏美〟というのは偽名で、電話の主はなおちゃんの奥様なのでは?という疑念がわいたけれど、もしそうなら不倫相手だった女性相手に、こんな風に接したりはしないだろう。

 だとしたら彼女は一体――。
< 222 / 242 >

この作品をシェア

pagetop