離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 今日は美容師の彼女に伸びた髪を整えてもらうためにやってきた。

「今回も毛先を整えるくらいでいい?」
「うん。お願いします」
「琴子の髪は相変わらず綺麗ね。つやつやの絹みたいな黒髪」

 ひとみはうっとりした口調で言いながら私の髪に触れる。

 このまっすぐな黒髪は母ゆずりで、小さな頃からずっと伸ばしてきた。

 背中まであるストレートヘアはすっかり私のトレードマークみたいになっている。

 シャキンと刃物が擦れる音がして、黒い髪が床に散る。
     
 それが心地よくてぼんやりしていると、ひとみがハサミを動かしながらたずねてきた。

「で、琴子は本当にそれでいいの?」
「それって?」
「だから、政略結婚!」

 ひとみはのんびりした私の口調に、じれたように顔をしかめる。

「うん。いつかこうなるってわかってたから」
「……まぁ、琴子のお父さんはあの一ノ瀬重信だもんね」

 一ノ瀬家は曽祖父の代から続く政治家一族だ。

 祖父は外務省の大臣を務めた大物政治家で、父も国会議員で近い将来入閣するのは間違いないと噂されている。
     
 政界にも財界にも大きな影響力を持っている。

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