婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~

じわりと目頭が熱くなり、視界が涙で滲んでいく。

だめだ。ここで泣くのはずるい。

「陽菜」

みるみるうちに瞳を覆う涙に目を見開いた怜士が、気遣うようにその手を私に伸ばしてくる。

「ごめん、今のなし。忘れて」

泣き顔を隠そうと半身を引いた私の手を、怜士が逃すまいと引き寄せた。

「待てって。ちゃんと話そう」

ぎゅっと手首を握る力強さが怜士の不満を物語っている気がして、視線を合わせられずに俯いた。

「不満があるなら言って。それに、今日は話したいことがあるって言ってただろ」

こんな状態で一体なにを話したらいいの?

約束が守られなかったことへの不満? 池田さんへの不安? なにを話しても今以上に雰囲気が悪くなりそうで怖い。

少なくとも、赤ちゃんのことを打ち明けられる雰囲気ではない。

「ごめん。頭冷やしたいから、今日は自分の部屋で休む」

手首を握られた指をほどくと、頭上から小さいため息が聞こえた。

呆れられてる……。

そう思えば、なおさら泣いてしまいそうで唇を噛み締めた。

それ以上なにも言えず、踵を返して自室に向かう。背中に視線を感じたけれど、振り向くことは出来なかった。

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