もう遠慮なんかしない

田代さんから連絡が入ったのはその3日後だった。

「ベータ版のことで一緒に作業確認をして欲しいので、こちらに来ていただくことはできますか?」

その日、水口食品の指定された会議室に行くとすでに田代さんがパソコンで作業を行っていた。

「やあ、いらっしゃい。ここどうぞ」

隣の席に座るように指示され、隣の椅子を引き腰掛ける。

「こんにちは。今日はどの確認でしょうか?」

「うん、ここなんだけどさ…」

同じパソコンを一緒に見ている、というのはとても距離が近くて他のことに意識を持っていかれる。

仕事、仕事、と頭の中で繰り返し、田代さんの質問に必死で答えていく。

「ありがとう。これでここの使い方はだいぶ理解できたと思う。後は慣れだよね。本稼働となっても使えそうな気がするよ」

「そうですね。システムって使っていくうちに分かってきて、分かれば仕事の速度も上がって効率よくなるので、どんどん使ってください。使って分からないところはサポートセンターの方に聞いてもらえればと思います」

そんな時「ふう…」と息を吐き、肩を回したり、首のストレッチをしてしまう。

私の様子を見ていた田代さんが心配そうに声を掛ける。

「肩…凝っているみたいだね。いろいろとお願いしているから、仕事大変にさせているかな?」

「仕事柄肩こりはいつも酷いんです。大変かと言われると、今が大事な時なので少しくらい疲れていても頑張らなきゃって感じです」

気合を見せるつもりで手を胸の前で握り、笑顔をつくる。

そんな私に田代さんは笑顔で言った。

「はい。手を出して…」

「えっ?」

驚く私の手を取り言う。

「ほら、肩こり酷いんでしょ。手にはツボがあるんだよ。ここ親指の付け根、少し押すよ…気持ちいいでしょう」

「…あっ、はっ、はい。少し痛いですけど…気持ちいいです」

田代さんは満足げに微笑み、私の様子を見ながらさらにしっかり手を掴む。

「他の指の付け根も少し揉んであげるね。マッサージって少し痛いくらいが気持ちいいよね」

男の人に手を触られることに免疫のない私はこの行為自体が恥ずかしくて俯いてしまう。

田代さんの手…すごく熱い、そんなことを思ってしまったら、手を揉みほぐされているだけなのに心臓がドキドキしてきて、緊張からかだんだんと手に汗までかいてきて、ついには顔まで熱くなってきた。

「顔…真っ赤にしちゃって、本当に可愛いな…」

彼は手を動かしながら、小さな声で呟く。

家族以外の男の人に『可愛い』と言われたことは記憶になく、その時は声が出せずに口をパクパクと動かすことしか出来なかった私。

男性から見つめられることも、手を握られることも想定外だった今までの生活に変化が生じた。

ドキドキという音が耳に響き、ふと顔を上げるとそんな私を見つめる彼の瞳に自分が映っていることが嬉しく感じられた。
< 9 / 23 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop