視えるだけじゃイヤなんです!
 透くんの形をした『何か』が、ふたたびゆっくりと近づいてくる。

「こないで」

 黒い影が、めらめらと燃えている。

「……こないでよ!」

 その影の中に、無数の人の顔が浮かび上がった。人の顔の集合体が、黒い炎になって透くんの半身を包み込んでいる。
 苦しそうなうめき声が炎から聞こえて、あたしは耳をふさぎたくなった。

 一歩。もう一歩。透くんはニッコリ笑いながら近づいてくる。
 あたしはやっぱり動けない。

 透くんがすっと手をのばした。その手があたしの首にかかる。

「『透くん』は、君のことが嫌いみたいなんだ。このことをぺらぺらしゃべられても困るし」

 ぐっと力を入れられて、あたし……息ができない。

「ちょっと死んでみようか、ここみちゃん」

 うそ……。
 やだ、やだ……!
 死にたくない!
 いやだ……!
 助けて……!

 そのとき、障子が、がらりと開いた。

「ここみ!? それに……透……」

 刀を引っさげた昭くんが、呆然とした顔で立ちつくす。

 透くんの手があたしから離れた。急に入ってくるたくさんの空気に、あたしは激しく咳こむ。

「あ……昭くん」

 昭くんは顔を引き締め、あたしのうでをぐっとつかんだ。そのまま引っ張られて昭くんの背中にかばわれる。

「いやな気配を感じて、まさかと思ってきたが……透、お前、いったい……」

 そのとき、頭の中で光が弾けた!
「危ない!」

 あたしは昭くんをつき飛ばした。反動で自分も床に転がる。あたしたちのいた場所に、血の色をした針が無数に突き刺さった。

 この針、見覚えがある!
 あたしはすっと血の気が下がった。

「あなた……死神……!?」
「死神!?」
「この血の針……! 咲綾の時もそうだった!」

 昭くんがハッと目を見開いた。
 頭の中で、また光が弾ける。

「来る!」
 昭くんが刀をかまえ、縦横無尽に空間を切り裂いた。バラバラと音を立てて、折られた血の針が床に散らばる。

「お前……視えるのか!?」
「うん」
「でも、狐の窓を使ってないぞ!?」
「わかんないけど、ちゃんと視えてる!」

 なんで急に視えるようになったのか、わからない。でもこの際、そんなことはどうでもよかった。

 あたしは立ち上がる。不思議ともう怖くなかった。頭の中には、赤い光がぴょこぴょこ跳ねている。あたしのおキツネさま。うなぎ。きっとこの子が助けてくれる!
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