忘れさせ屋のドロップス
ーーーーその日、本当に遥は帰って来なかった。

言われた通りに17時過ぎに『忘れさせ屋』の看板を裏むけてクローズの文字をフックに掛け直した。

木製の焦茶色のパーテーションで目隠しされている先には小さなキッチンと二人用の小さな木製ダイニングテーブルがあった。

手作りなのかもしれない。同じ材質の似た木目で木製椅子も二つ置いてあった。

よく見ると、それぞれの椅子の背もたれに『Summer』『spring』とナイフで手彫りしてある。座ろうと手にかけてやめた。

 冷蔵庫にも手をかけなかった。酷く疲れてお腹は減らなかったから。勢いで飛び出してきて、いっそ死んでしまおうかなんて、そんな勇気もないくせに。

何処に行く宛もなく、ただ何もかも忘れたくて、思わず見つけて縋るように訪ねたのが此処だった。
  
 一人残された慣れない部屋は、望んで家を出てきた癖に寂しくて、この世に一人ぼっちになった気がした。

みんな私なんか忘れちゃったんじゃないかって。そもそも、『忘れられる』存在ですらないと分かっているのに。

遥のダブルベッドの端っこで黒色の毛布に包まった。

遥の甘い匂いが、ほんの少しだけ、一人じゃないって思わせてくれた。
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