忘れさせ屋のドロップス
「有桜ちゃん?」

姉貴が有桜を覗き込むのと、後退りする有桜の手首を母親が掴み上げるのが同時だった。

「有桜!やっと見つけた!あんたって子は!この恥晒し!」

掴み上げられた拍子に、有桜の持っていたプレートが床におちて大きな音を立てて割れた。

「や、めて……お母さん……」

有桜の肩も声も震えるのが分かった。

俺は、思わず母親の手を掴んで振り解くと、有桜を抱き寄せた。 
 
「何するの!貴方に関係ないでしょ!」

「乱暴すんなよ!あんた、この間も有桜殴っただろうが」

「遥!」

咎めるように声を発したのは姉貴だった。

「弟が失礼な言い方をして申し訳ありません。医師をしております、姉の佐藤渚と申します。有桜さんはまだ体調も本調子ではなくて……今までのこと、少しお話しさせて頂けないでしょうか?」

姉貴が深く頭を下げた。

「……やめてください、渚さん!渚さんは悪く、ないのに……」

俺のTシャツの裾を握りしめたままの有桜の声は震えていた。

母親の視線は鋭いままだ。 

「話すことなんてないわ!家に連れて帰ります、来なさい、有桜!」 

「やだ……此処にいる……遥と居たい……」

「馬鹿ね、この男はね、あんたみたいな子供、ただの遊びなのよ?そんな事も分からないの?」

「鈴木さん、少しだけでいいのでお話しを聞いて頂けませんか?」

再度、姉貴が母親に言葉を発したが、冷たい眼差しのまま、俺たちを睨みながら、母親が指を指した。 

「そもそも、あなた達もどうかしてるでしょ!有桜は!」 

「やめてっ!」


ーーーー思わず俺は有桜を振り返った。

「有桜?」

有桜が、こんなに大きな声を、出すのを見るのは初めてだった。
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