忘れさせ屋のドロップス
「で?」
「え?」

舐めるように私の全身を眺めながら男が口を開いた。

「だからさぁ、何、『忘れたい』訳?男?」

「いや、あの、その」

「何?人間関係?いじめられたとか?そんなややこしいのは無理だからさー」

「あの……」

ガツガツと遠慮なく、こちらのプライベートな領域に踏み込んで来る男に……言いにくい。

唇をぎゅっと噛み締めた。やっぱり、こんなとこ場違いだったのかも知れない。考えた途端に冷や汗が出てくる。

「めんどくせーな。早く言えよ。……だからお前みたいなガキは嫌なんだよ」

(ガキ……確かに目の前の男は、年上なんだろう。話し方こそ幼さが残るが、全体的に私よりは遥かに大人っぽいというか……)

 男は一つだけボタンの外された白いシャツの胸ポケットからドロップスの缶を取り出すと大きな手のひらに一つ転がして口に放り込んだ。  

(煙草、かと思った……)

「俺は煙草吸わねーから」

「こ、心が読めるんですか?」

「読める訳ねーだろ!ばーか」

(ばーか……やっぱりこんなとこ来なきゃ良かった……私は本当に馬鹿だ)

 急に視界がぼやけて、瞳に涙が溜まっていることに気づく。目の前にいる男の前で涙を見せるのはちっぽけなプライドが邪魔をしていたが、あっという間にころりと落ちた。

「げっ」

意外な反応を見せたのは男の方だった。

「あー……まじかよ。……なんで泣くかなー?俺、何もしてないよな?」

あからさまに狼狽した男は、胸ポケットからドロップス缶を取り出すと、掌に乗せて綺麗な長い指で摘んだ。
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