忘れさせ屋のドロップス
 お風呂あがりに、ダイニングテーブルに座ってドライヤーで髪を乾かしていたら、遥がシャワーを浴びて出てきた。冷蔵庫からペットボトルを取り出すといつものようにゴクゴク飲む。

「有桜、俺やっぱ今日は、ソファーで寝るから」

「え?」 

 思わずドライヤーの電源をオフにした。

「どうして?」

遥がペットボトル片手に向かいの『summer』の椅子に腰掛ける。

 遥はしばらく私の目をじっと見てから口を開いた。

「ガキに見えねーから」

「え?何?」

 遥が呆れたように、濡れた赤茶の髪を掻いた。

「だよな、有桜には、ハッキリ言わねーと分んねーよな」

 ゴクゴクと喉を鳴らして、ペットボトルを空にすると、私に再び目線を合わせた。

「遥?」

「だからー。ないと思うけどな。万が一、抱きたくなったらいけねーから、ソファーで寝るって言ってんの」

 さらりと発っせられた言葉に思わず、目を丸くして固まった私を見て、遥が笑った。

「別にマジで何もする気ねーけど、念のため」

 遥の言葉に慌てて海でのことを思い出して、私は俯いた。

ーーーー違う、遥は私が好きとかじゃなくて、一緒に暮らしてたら、なつきさんと重なるから。 

深呼吸してから、遥の目を見る。

「な、何だよ?」

「私ね、遥のこと信用してるから、あと、……あとね、……」

「あと?」

「……遥が隣に居ないと、ひとりぼっちみたいで……眠れないから、その……一緒に、寝て欲しくて……だめ、かな?」 

 遥が驚いたように目を見開いて私を見た。そしてすぐに今までで、一番大きなため息を、はあぁぁぁっと吐き出した。

「お前な……それ俺以外にゆーなよ?あっという間に襲われるからな。……ったく、どうしようもねーな。やっぱガキだな」

 遥は少しだけ顔を赤くしながら、立ち上がるとドロップスを口に放り込んだ。

「俺、これ食ってソッコー寝るからな、ばーか」

 遥が立ち上がって寝室に向かう背中を、私は生乾きの髪で慌てて追いかけた。

「わっ」
「え?」

 慌ててた私は自身のスウェットのパンツの裾に足を引っ掛けて、後ろから遥に抱きつくように倒れ込んだ。
 
 振り返りながら遥が、慌てて私を抱き止めた。 

「あ、ぶねーな、前みろよな」 

「あっ、あの、遥ごめんね」

 思わず見上げた遥の顔が近くて、海辺でのキスを思い出した。
   
 顔が熱くなって、何だか力が抜けて、私は、思わずペタリと座り込んだ。
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