忘れさせ屋のドロップス
 遥が配達に出て行くと、途端に家の中は、しん、として、遥と暮らし始めて2か月たつのに未だに私は慣れない。急に寂しくなって、心細くて、もう遥に会いたくなる。 


 ベッドサイドのガラス瓶を光に翳して眺めた。私はあの遥と行った海が忘れられなかった。

 海は全部を包んでくれる気がしたけど、遥の心まで海は飲み込んでしまった気がして、時々心配になる。

遥がドロップスを転がすたびに、遥が『大切な何か』を忘れてしまいそうで。



ピーーーッ終了音の鳴る音と共に、私は洗濯機の蓋を開ける。

 寝室の室外機を置いているベランダと呼ぶには狭いコンクリ剥き出しの場所に、物干し竿が後付けで器用に設置してある。

 多分遥が、此処でなつきさんと住むのに後から取り付けたんだろう。

 少し背伸びしながら、遥のスウェットから順番に端から干していく。

 下着は見えないように気をつけて、最後にバスタオルを2枚干したらおしまい。


 外は雲一つない青空が広がっていた。

 お昼ご飯を遥と食べに行くのも1週間ぶりかも知れない。外食はやっぱり楽しみだ。


「早く帰ってこないかな……」

 お昼まで遥が帰ってこないことを『忘れる』為に、私はベッドサイドのチェストからドロップスを一つ取り出した。


ーーーーカロン、コロンと転がしてみる。
ちょうどスマホが鳴った。


『イタリアンと蕎麦どっちがいい?』


 ちょうど1か月前、遥は海に行った日から、私により優しくなった。

 なつきさんに重なると言われて、どうしたらいいのか正直分からなかったけれど、遥は変わらず優しくて、それが私に向けられているようで、そうではないのは分かっていて。

それでも私は遥の側に居たかったし、日々の遥との暮らしは、本当に穏やかで、でも同時に私の遥への想いはより募って、それだけが苦しい時があった。

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