不倫の女
 彼はもうこの世に存在しないかもしれない。

 心の隅で思っていたが、考えないように必死で追いやっていた。

 駐車場にたどり着く。

 彼の車は当然なかった。

 ないとわかっているのに探してしまう。

 車に乗り込む。
 
 このデパートに来ることはあっても、この場所に駐車することはないだろう。

 デパートの構造上、この場所に停めることにはメリットがない。
 ただの遠回りになってしまうだけだ。
 
 だから周りにはほとんど車は停まっていない。
 それが理由でここを待ち合わせ場所にしていた。

 彼と初めてこの場所で待ち合わせした帰りのことが頭をよぎる。

 初めて体を重ねた後、別れを告げてお互いの車に乗って手を振った。
 すると彼が車から降りてきて、私の車までやってきた。

 何か忘れものだろうか、と私は窓を開けた。
 彼は手招きをしてきた。
 私は頭を彼の方に傾けた。

 突然、彼は私のあごを掴み、キスをした。

 唇だけが軽く触れるだけのキス。

 あの瞬間、私は彼のことを真剣に好きになってしまったのだと思う。

 私はエンジンをかけることができずにいる。

 ようやく涙がでてきた。
 
 こらえていた分の涙が溢れてきた。

 彼のことを愛していた分の涙が流れていく。
 
 それはいつまでも止まってくれなかった。
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