細胞が叫ぶほどの恋を貴方と
はなす

 翌、月曜日は、実家に置いてあった服を着て、弟に車で会社まで送ってもらった。色白で口数の少ないクールな弟は、車から降りる際、切れ長の目をわたしに流して「基本的に何でもできる姉ちゃんが実家に戻って来たのは、いいことだと思うよ」と淡々とした声で言った。
 つまりは「またおいで」と言っているのだと理解して、お礼を言って手を振った。

 昨日までのぐずぐずの状態で仕事がきちんとできるのか。それだけが懸念点だったけれど、何事もなく、集中して仕事をし、退勤時間を迎えた。
 実家効果かもしれない。母にお礼のメッセージを送って、意味不明なスタンプのみの返信に笑ったら、さて、次はこれからのことを考えなくては。

 末永さんとの関係を断ち切るにしても、ただお別れを言うだけではいけない。わたしの感情ばかりで不用意に彼を傷付け、EDを再発させてしまったらいけない。
 既婚者だと黙っていたとはいえ、彼との数ヶ月は幸せだった。優しく、穏やかに、わたしを包んでくれた。

 香代乃さんにとって末永さんが大事な存在であったように、わたしにとっても大事な人だった。
 そんな彼が長年苦しみ、半ば諦めかけていたというEDの症状が改善されたのなら嬉しいし、誇らしい。

 今のわたしにできることは、EDが再発しないようにお別れすることだけだ。それなら仕事が忙しいことにして、徐々に連絡を減らし、フェードアウトしていくのがいいかもしれない。

 深く息を吐いて、改札を出る。
 最近は少し肌寒くなってきた。寝具を一枚追加したほうがいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、夜の街へ一歩踏み出した、そのときだった。

「キコ……!」
 愛しくも懐かしい声が駅前に響き、途端に背中に衝撃が走る。肩をお腹に腕が回り、すぐに嗅ぎ慣れた柔らかい香りと、よく知るぬくもりを感じた。

「やっと会えた……」
 背後からわたしを抱き締めた末永さんは、頭上で安堵の息を吐く。

 愛しいという感情で胸が膨らみ、そのまま口から溢れ出てしまいそうになったけれど、寸でで飲み込み、彼から逃れようと身を捩る。けれど体格も力も差があり過ぎる。ビクともせずに諦めた。

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