細胞が叫ぶほどの恋を貴方と

 スーツ姿の男性はとても背が高く、とても整った顔立ちをしていた。あるべきところに正確に配置されているパーツのおかげか、生活感がないくらい清潔に見えた。

 男性は何かを言いかけ、その形の良い薄い唇を少し開いたが、きりっとした目をこちらに向けたまま、しばし固まった。わたしもわたしで、胸の奥の奥の辺りがチリチリと痺れ、彼から目が離せなくなった。その感覚を、心地の良い感電のようだと思った。

「あれー、ユキトさん、もしかしてキコちゃんに見惚れちゃった?」
 のほほんとしたケイさんの声でようやく視線を外した男性は、問いかけを無視して、持っていた紙袋を差し出す。

「出張土産。生菓子だから早いほうが良いと思って」
 高くも低くもなく、癖のない穏やかな声だった。
「やったー、お願いしてたやつ! ユキトさんありがとう!」

 ユキトさんと呼ばれた男性は紙袋をケイさんに渡し、カウンターの中にいた香代乃さんには軽く手を上げ挨拶した。
 けれど香代乃さんは見逃さない。右手を口元に添え「ムフフ」といやらしく笑うと「ケイちゃんの質問の答えがまだよ」とからかう。

「素直になりなさい、ユキト。今キコちゃんに見惚れたでしょう? 分かるわ、その気持ち。キコちゃん美人だものね。知り合って一年になるけど、この子が変なのに捕まって泣かされないか不安になるもの」

 香代乃さんがそう言うと、男性は無言のままジト目をする。
 そんな視線を気にせず、香代乃さんはわたしに向き直り、男性を紹介してくれた。

「こちら末永幸俊。見た目が良いけど、真面目で堅物でつまらない男よ。見た目が良いだけに残念よね」
 散々な内容に、男性――末永さんはもう一度ジト目を香代乃さんに向けた。

 だけどなるほど。「ユキト」というのは「ゆきとし」から取ったあだ名なのか。わたしも「ふきこ」のふを抜いて「キコちゃん」だし、「ユキト」というのもケイさんが突然付けたあだ名なのかもしれない。
 そうなってくるとケイさんも本名から何文字か抜き取られているのではないかと思えてくる。

「ユキト、こちらキコちゃん。うちの常連さんで、良い子よ。私たちのくだらない話にいつも付き合ってくれるの」

 ここでようやく末永さんと向かい合い、頭を下げる。

「泉と申します。香代乃さんとケイさんにはいつもお世話になっています」
「末永です。マイペースなふたりの相手は大変でしょう。ご迷惑をおかけしていませんか?」
「いえ、そんな。お店に長居させてもらうだけではなく、食事までご馳走になって。楽しく過ごしています」
「それならいいのですが……」

 末永さんとわたしは、喋るたびにぺこぺこと頭を下げて、とにかくぎこちない。それを見ていたケイさんが「ふたりともかったいなあ!」と割って入り、末永さんとわたしの手を取り、強制的に握手をさせた。

 末永さんの手はとても大きく、そしてとても熱かった。わたしの手は多分汗ばんでいる。握手の前に手を拭いたかったと落胆しながらも、無理矢理微笑んで見せた。
 わたしは、自分でも驚くほど緊張していた。先程から心臓は、肉を、脂肪を、皮膚を、内側から激しくどかどかと叩いており、いつ突き破って出てきてしまうか、気が気でない。


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