細胞が叫ぶほどの恋を貴方と

 末永さんの部屋は男性の一人暮らしにしては広々とした2LDKだった。必要以上に物を置かないタイプなのか、ブラウンのテーブルや棚に、アイボリーの三人掛けソファーくらいしかない、さっぱりした部屋だ。

「好きなところに座って。夕食まだだよね? 会社近くの店でテイクアウトしてきたから、一緒に食べよう」
「あ、手伝います」

 手伝うと言っても、今しがた買って来たばかりなのか、まだ温かい料理をダイニングテーブルに並べるだけだ。
 わたしたちは無言でその作業をし、それが終わると向かい合って席についた。

 口を開こうと努力はした。ご趣味は、とか、お仕事は、とか、休日は何を、とか。でも実際に声に出す前に、お見合いじゃあるまいし、と思ってしまう。
 かと言って、どうして今日会う気に? なんて聞けないし、昨夜わたしの下腹部に当たっていたものについてはもっと聞けない。
 だから結局無言になってしまった。

 ようやく口を開くことができたのは、ダイニングテーブルに所狭しと並べられた料理を前にしてからだった。

「……多いですね」
 眼下に並ぶのは、ほうれん草とベーコンのキッシュに、ローストビーフ、野菜のテリーヌに秋刀魚のコンフィ、バゲットとくるみレーズンのパン。チーズはオーガニックで、オムレツに入っているのは仙台ネギだという。

「ふたりぶんのテイクアウトなんてしたことがないから、目安が分からなくて」
 そう言って末永さんは綺麗なアーモンド型の目を細め、照れくさそうに笑った。
 つられて笑うと、尋常ではなかった緊張の表層だけでも解れてくれて、ふたりそろって「いただきます」を言った。

 緊張の表層が解れたことでほんの少し冷静になり、考えてみると、不思議な状況である。

 昨日たった数分間会っただけの人の自宅で、向かい合って食事をとっているだなんて。

 末永さんは決して口数の多い人ではなかったけれど、聞けば何でも真剣に答えてくれた。
 この一時間で知ったことは、年齢は三十三歳で、県内最大手の不動産会社で働いていて、A型で、身長は百八十五センチらしい。学生時代はバレーボール部だったとのこと。なるほど、どうりで背が高い。

 食事のあとは並んでソファーに座って、好きな本や映画の話をした。読むのはミステリや実用書が多く、映画は洋画を中心に何でも観るという。海外ドラマは何シーズンも続くため、気にはなっているがきりがないと手を出せずにいるらしい。
 確かにわたしも学生時代から観ている海外ドラマが、今年シーズン十五を迎え、いい加減主人公のハッピーエンドが観たいと思い始めている。

「数シーズンで終わった作品もありますよ。今度紹介しましょうか?」
「それ、綺麗に着地してる?」
「微妙ですかね」
「じゃあ観ない」
 そう言って整った顔をしかめるから、思わず笑ってしまった。

< 7 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop