細胞が叫ぶほどの恋を貴方と

 とにかく相性が良かったらしい。
 わたしたちは平日の夜だというのに時間も忘れてひたすら求め合って、日付けが変わる頃になって、一旦ベッドに沈んだ。

 困ったことになった。随分とスキンを使ったのに、まだ彼が欲しいだなんて。ケイさんからの差し入れがあったから良かったものの、わたしには何の用意もなかったのだ。
 まさか今日「こういうこと」をすることになるなんて思わなかったし、ここまで相性が良いとも思わなかった。

 あまりのことに呆然としていると、末永さんがわたしの身体を引き寄せ、逞しい腕の中に閉じ込めながら口を開いた。

「俺はEDです」
 突然の告白に、一瞬言葉の意味が理解できず、頭の中で何度か復唱したのち、未だ下腹部に当たる熱を確認して「冗談を言っていますか?」と訊ねた。

「いや、本当に。EDだったんです、昨日まで」

 Erectile Dysfunction――EDとは、つまり勃起障害で、満足な性行為を行うのに充分な勃起が得られない、もしくは維持できない症状のことだ。
 加齢や動脈硬化、ストレスなど、様々な原因があり、また自慰行為はできる場合、特定の条件でのみ症状が現れる場合もあるらしい。
 なんにせよ、男性にとっては由々しき事態である。

 香代乃さんが言っていた「心はたぶんズタボロ」というのは、このことを指していたのかもしれない。

「もう随分前からそうで、薬も飲んでいたのですが効かなくて、半ば諦めていました」
「はい……」
「それなのに昨日、クヴェレであなたに会った瞬間反応して……」
「ですよね、ハグしたとき、驚きました」
「すみません……」
「でもあの瞬間、本能が気持ちを追い越して、末永さんが欲しくて堪らなくなった」
「え?」
「だから逃げ出したんです。大好きなお店で、初対面のあなたをはしたなくも誘ってしまわないように」

 あの夜のことを正直に話すと、末永さんはふっと息を吐いて、わたしの背中に回した腕に力を込める。

「良かった。とんでもない失礼をしてしまったから、どうしようかと悩んでいたんです。だからあなたが今日家に来ると聞いて、嬉しかったけど混乱しました」
「でも今日はこういうことをするつもりで来たんじゃないですよ? お話をして、食事をとって、少しでも仲良くなれたらなって……」
「仲良く、なれました?」
「昨日よりは、と思いますが、末永さんは?」
「俺も、昨日よりずっと。明日はもっと仲良くなれたらいいなって、思います」

 同意を伝えるため、彼の喉元に頬を摺り寄せ、まだ高く保ったままのお互いの体温を混ぜ合わせる。

 それでもまだお互いに知らないことばかりだとか、今日がまだ月曜の夜だとか。頭で考えることは一旦置いて、心と身体に従って動くのが正解なのだと思った。

 だって彼と言葉を交わすより前にわたしの身体は反応し、彼に触れた途端に身体中の細胞が「彼が欲しい」と叫んだのだから。
 たぶんそれを本能と呼ぶのだろうし、それに従って、傷付いた彼の心に寄り添うのだ。


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