*結ばれない手* ―夏―
「あたしは……全国を回って、沢山の街やお客様から、沢山の知識と愛情を頂きました。それに団員の皆からも……だからカエルなんかじゃありません」

「十年後にはどうするの? その間だって……怪我でもしたら」

「例え十年だとしても、精一杯空中ブランコをやりたいんです。いえ、十年以上続けてみせます! その間にちゃんと貯金して、怪我をしたり引退した後、何も出来ない人間のままであったとしたら……また一から勉強します。勉強は何歳になっても出来る筈です」

「あら……ん」

 杏奈は呆然と呟き、口を閉じた。

「ふ……ん。杏奈君、君の負けだな。どうも君の質問は彼女を成長させたようだ」

 ソファの肘掛けに頬杖を突いた桜社長は、杏奈とモモを見上げ、左の口角を(たの)しそうに上げてみせた。

「そのようですわね。でも……益々気に入ったわ」

 杏奈は再びいつもの自信に満ちた(おもて)に戻り、元の席に着いた。

 桜社長と同じように遠目からモモを望む。


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