*結ばれない手* ―夏―
「そろそろ……『結論』を出したらどうだ?」

「え……?」

 持ち上げたカップが胸の高さまで昇ったところで、前日杏奈からぼやかれた同じ言葉が団長から投げられた。

 薫る珈琲、立ち上る湯気の向こうの変わらない微笑み。

「臆病になっているお前の気持ちも分からないではない。が、今回の一件で、潮時が来たと思わないか?」

「……そうかも……しれません──」

 凪徒は(かす)れた声で答え、珈琲を喉に通した。

 苦みの後にほんのりと甘みを感じる。

「でもその前に……少し猶予をもらえませんか?」

 凪徒は更に続けて、

「……あの人がこれからどう動こうとしているのか、確かめてきます」

「おやじさんか?」

「……はい」

 団長は珈琲の少々付いてしまった口髭を指で(こす)り、

「だが、どちらに転んでも、わしは辞表など受け取る気はないぞ」

 そうしてもう一度珈琲を飲んだ。

「……すみません……その件も良く考えます。それより今日のことですが……」

 凪徒はカップをソーサーに戻した。

 謝る体勢を整えるためだ。

「その件はもう暮に十分絞られただろ? モモも大したことはないと言っとる。一晩良く冷やせば、瞼の腫れも引くじゃろ。明日から気持ちを入れ替えて、またやってくれればいいさ」

「団長……」

 凪徒は説教されないことで、反対に心の奥がズキンと痛んだ。


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