恋、煩う。

どうにか彼をこの場から帰したくて、ついつい口調が早まってしまう。
それでも言葉を重ねていると、意思を持った声で遮られてしまった。
凛とした強い声にハッとすると同時、いつの間にかすぐ傍まで迫っていた彼に涙を拭っていた方の手を掴まれていた。

「擦らないで」

静かに窘められ、取られた手をゆっくりと下ろされる。
じっとこちらを見下ろしてくる濁りのない瞳はあまりにも真っすぐで、一切の誤魔化しが効かないだろうということを思い知らされるようだった。
得も言われぬ気迫に息を呑みながら目を逸らせずにいると、私の手に触れたままだった彼の指先が、薬指に嵌る枷の輪をなぞるように触れた。その感触に、思わずぴくりと肩が跳ねる。

「……いつも、辛い顔してますよね」
「え……」

周りの人に気付かれているだなんて露ほども思っていなかった。
上手く隠せているつもりでいたし、職務中にこの私情を織り交ぜたことも無い。驚いていると、綺麗な瞳が柔らかく緩んだ。

「気付いているのは多分俺だけです。俺はずっと……沙織さんのことを、見てたから」

囁くようにそう言った彼が、私の指から鈍色に光る枷を引き抜いていく。
それを一瞥する彼の視線は冷たく、小さな音を立てて飾り気のない指輪はテーブルに置かれた。

「俺、沙織さんが好きです。今すぐ沙織さんを泣かせるような男とは別れて、全部俺に預けてくれたらいいのにって思うくらい」
「なんで……」

気落ちしていたことどころか、その原因まで突き止められていたことに呆然とするとともに、逃げる優しさを与えない愛の告白に混乱する。そんな私に吐息のように笑い、彼は優しく私の腕を引いた。
すっかり油断していた私は、そのまま彼の胸に飛び込んでしまう。そして我に返ったときにはもう、覆いかぶさるように抱きしめられていた。
久しく感じていなかった男性特有の筋肉質な腕や胸に、温もり、そして鼻腔を擽る香水の爽やかさ。
その一つ一つに思考を奪われていると、穏やかな声が降ってきた。

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