オリオンの夜に〜禁断の恋の果ては、甘く切なく溶けていく〜
「とりあえず家言え。早く。俺急いでんの」
芽衣は、渋々自宅の住所を俺に伝えて、俺はナビに入れた。
「……ねぇ、冬馬、早退?」
車窓からの景色を眺めながら、芽衣が聞いた。
「まあな、アイツにもムカついたし、用事あるし」
そもそも秘書の未央は知ってたんだろう。
(何が、せいぜい頑張って、だよ)
結婚なんて出来るわけない。まともな恋愛すらできない俺が、好きでもない女と結婚するとか到底考えらない。
ふざけんなよ。
「……ねぇ、用事って冬馬、家探してんの?」
「何で?」
思わず隣の芽衣を見た俺を、芽衣が後部座席の俺の鞄から飛び出している賃貸物件情報誌を指差した。
「あぁ、それな。探してる。兄貴と妹が近く結婚するんでね、俺邪魔だろ」
「ふぅん……紹介してあげよっか?」
「え?」
「そこ、左曲がってよ」
俺は少し躊躇ったが、ハンドルを左にきった。
ーーーー「明香先生っ」
「あ、ごめんなさい」
うっかり、水彩画の授業で使っていたプラスチックの水差しを片付ける際に、手が滑って落としてしまった。
生徒達が立ち上がって、床を雑巾で拭いてくれる。
「私がするので……」
「大丈夫ですよ」
「ねっ」
今日は、先日の大学生の二人組と主婦の方が数人習いにきてくれていた。
「先生、プロポーズでもされたの?」
「え?」
大学生の二人組の一人の、礼ちゃんがこちらをみてにこりと笑った。もう一人の由美ちゃんが、
「何だか先生ぼーっとしてるし。ね、この間の先生の彼氏、すっごくかっこよかったもん、ドキドキしちゃった」
あ、そうだ、この子達が言ってる私の恋人は、この間、誕生日の日に迎えに来てくれた冬馬のことだ。
「あ、……えっと」
違うといえば済む話なのに、私は言えなかった。あの夜のことが頭をよぎる。
先生、真っ赤だよ、と二人はクスクスと笑いながら、また金曜日ね、と扉から出て行った。他の生徒さん達も続けて出て行く。
「また次回お待ちしていますね」
生徒さんを見送って、扉を閉めると溜息が一つ溢れた。
ーーーー今日、私は冬馬を初めて起こさなかった。冬馬の部屋のドアを開けた時には、冬馬は既に居なかったから。
朝から、冬馬の居ない空っぽの部屋の光景ばかりを思い出す。冬馬が家を出たら、もう、二度と会えないような、そんな気がして不安になった。
画材や鉛筆を鞄に仕舞い、ぼんやりと窓辺から沈むオレンジ色の夕陽を眺める。
何故だか、涙が出そうになるのは何でだろう。
それはきっと……
「明香」
たまらなくなく聞きたかった声に、思わず振り返ると、冬馬が立っていた。