あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
「今日は本当に有難うございました。久しぶりに誰かとお夕飯を食べた気がします」

「それはこちらこそだよ。杏子(あんず)ちゃん、今日は僕のワガママに付き合ってくれて有難う」

 岳斗(がくと)としては、もう少し格式ばった場所で杏子にディナーをご馳走したかった。だが、最初からそんな風に気合を入れたら逃げられてしまいそうな気配を杏子が全身から漂わせていたから。傷心の杏子が、デートだと意識しないで誘いに乗ることが出来るファミリーレストランでの食事を提案したのだ。それは岳斗なりの計算であり、賭けでもあった。

 最初のうちこそ、そんな気安い感じの場への誘いでさえ固辞しまくりの杏子だったのだけれど、岳斗がしゅんとした様子で、「実は僕も失恋したばかりなんだ。……一人でいると色々考えちゃうから、お願い……」と眉根を寄せたら、やっとOKしてくれて。

 岳斗が思った通り、美住(みすみ)杏子(あんず)と言う女性は、自分の痛みよりも他者の痛みに寄り添おうとするところがあるらしい。

 考えてみれば、自分以外の人間――例えば荒木(あらき)羽理(うり)法忍(ほうにん)仁子(じんこ)屋久蓑(やくみの)大葉(たいよう)、もっといえば五代(ごだい)懇乃介(こんのすけ)なんかにもそういうところが見受けられる。

 岳斗は、自分には欠落しているそういう損得(そんとく)勘定(かんじょう)抜きの行動を、ついさっき会ったばかりの人間にも向けてくれる杏子にますます惹かれていることを自覚した。

 杏子は食事中、それこそ自分の失恋のことにすら岳斗を気遣ってか触れようとしなくて。仕事のことなど当たり障りのない話ばかりを振ってくれた。

 実際は岳斗の傷心なんて所詮はまやかし。元々大したことはなかったし、どちらかといえば杏子の心の傷の方が出来立てほやほやで痛ましいくらいのはずだ。

(僕が嘘をついて誘っていなかったら……色々聞いてあげられて、杏子ちゃん、少しはデトックス出来たのかな?)

 ふと、杏子目線に立ってそんなことを思ってしまった自分の変化に、ちょっとだけ驚いてしまった岳斗である。
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