短編集
 夜の海って綺麗だなぁ。
 そんなことをぼんやり考えながら誰もいない砂浜を歩く。時間は午前二時。
 今日で、今日で最後。
 私はどうしても死にたいのだ。


 死にたいな。
 といつからか漠然と思っていた。決して親から虐待を受けていたわけでも、いじめを受けていたわけでもない。
 ただ、つまらないのだ。生きていくことになんの価値も見い出せずだらだらと二十歳になってしまった。
『本当にいいこね』
『お前って本当にいい奴だよな』
 そう言われて育ってきた。本当の私はこんなにもぐちゃぐちゃなのに。
 馬鹿みたいだ。

 砂浜に座り込んで海をボーッと眺める。
 明日にはようやく楽になれる。そんなことを考えていた時だった。
「お姉さん、一人?」
 後ろから急に声をかけられた。
 振り向くとそこには街灯に照らされた銀髪のロングヘア、全身黒ずくめの服装で露出は多く、腕にはタトゥーが彫られた背の高い女性がいた。とても綺麗な人、しかし怪しさが勝る。
「何の用ですか?」
「いや、こんな夜中に女の子が一人でどうしたんだろうって思って」
 それはこっちのセリフだ。
「別になんだっていいじゃないですか」
 思わず突き放した言い方になってしまった。
 女性は何も言わずに隣に座って煙草を吸い始めた。
「夜の海って綺麗だよね」
 そう。夜の海はとても綺麗で私は死ぬ前にそれが見たくてここに来たのだ。それがまさかこんなことになるとは。
「そうですね」
 私はそう言って立ち上がった。もう十分海は眺めたし隣に不審な女性は座ってきたし。
「もう行くの?」
「はい」
「ちょっと付き合ってよ」
 女性は私を引き止めた。
 渋々隣に座り直す。どうせ明日で全部終わるしまぁいいか。どうでもなんでも。
「お姉さんも海見に来たの?」
「まぁ……」
「何かあった?」
「何も無いです」
 何も無い。とても楽しいと感じることも崩れ落ちてしまうくらい悲しいと感じることも。とにかく生を感じることが無いのだ。本当につまらなくて
「死にたい?」
「え」
 まるで心を読んだかのような言葉にフリーズしてしまった。
「図星?」
 女性はふふっと笑う。なんだこの人は。
「ほっておいてください」
 もうだめだ。これ以上この人と一緒にはいられない。
 私は立ち上がった。すると女性が私の腕を掴んできた。
「少しだけ話そ」
「嫌です。離してください」
「嫌だ」
「なんなんですか!」
 大きい声を出してしまった。とにかくこの場から離れたくて仕方ない。もう何もかもが嫌になってきた。私は力なくその場に座り込んだ。
「なんなんですか、もう……」
「別に死ぬのを止めるつもりはないよ」
 女性は軽い調子で話す。
「死ぬか生きるかは自分で決めればいいと思う。でも、目の前にこんな今にも消えちゃいそうな女の子がいたら声をかけずにはいられないよ」
 大きなお世話だ。別にこの人にそんなことを言われる筋合いはないし言う事を聞くつもりもない。なのになぜか立ち去ることができない。
「ちょっとだけでいいからさ。生きてみてよ」
 そう言うと女性は立ち上がりその場から立ち去った。
「ちょっとだけでいいから……か」
 私は生きてしまっていいのだろうか。こんなにも汚いものを抱えてしまっている私が。だらだらと生き続けてしまって何が残るのだろう。
 
 
 風が強く吹きつける。私は屋上にいた。
 ようやく終わらせることができる。
『ちょっとだけでいいから……』
 私の決断は固まっていた。
『死ぬか生きるかは自分で決めていい』
 自分で決めるのだ。私は私の人生を。
 今、安らかな眠りのために私は一歩踏み出した。
 ふふっと口から笑いが漏れた。
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