絶対通報システム
9月8日
「それじゃ、行ってきます」

「本当に大丈夫なの? 無理しちゃだめだからね」

 昨日、今までしたことのない早退をしたからお母さんが心配してる。

 別に、体はどうってことない。ただ、学校へ行く足取りが重くなっていくほどに、心に負担がかかっている。でも、早退の連絡を受けただけで、お母さんもパートから帰ってきたくらいだ。

 嫌がらせをされたなんて言ったらどうなるか……。

 スクールバッグも、ローファーもいつもより重く感じる。

 信用ポイントがこのままだったらどうなるんだろう。先生に相談する必要もあるかもしれない。でも、そしたらお母さんやお父さんにも連絡がいくかもれない……。

 そんなことを考えながら歩いてると、学校に着いてしまった。

 ローファーを脱いで上履きを履く。今日だけは、ローファーよりも上履きが重い。でも、ダメだ。いつも通り、いつも通り行くんだ。自分で自分を奮い立たせると、教室の扉を開けて挨拶をした。


「おはよーっ!」


 こう言えば、いつも通り挨拶は返ってくる。

 ――はずだった。

 教室にすでにいた生徒は私を一瞥はするけれど、挨拶を返してくれない。
 特に女子生徒に関しては、わざとらしいくらいに私を見ないようにしていた。

「え、なんで……」と言ったところで、声を殺しながら笑っている人達がいることに気づいた。

 めぐみちゃん達だ。今までは全然仲良くなんてなかったのに、まるで最初から3人グループだったみたいに寄り添っている。
 
「なんかー、みんな男に色目使ってる子って苦手みたいよー?」

 森さんがレポートデバイスをひらひらとさせながら言う。
 私が昨日帰ってから、色々な人に嘘を吹き込んだのかもしれない。もしくは、森さんや若乃さんのことだ。大人しそうな子は脅したのかも……。

 森さんの言葉を無視して、私は自分の席に着いた。

 だいたい、いつもはホームルームギリギリに来るのになんでこんなに早く……そこまで考えたところで、嫌な予感がした。

 レポートデバイスに通知が来ている。おそるおそる、通知を確認する。


 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】
 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】
 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】
 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】
 【あなたは通報されました。誹謗中傷や嫌がらせをした覚えはありませんか?】
 【複数の通報がありました。あなたの信用ポイントが下がります】
 【他者の悪口を言ったり、名誉を傷つけることはやめましょう】
 【久代杏里の信用ポイントは38から27に下がります】

 
「ふざけないでよ……」

 あいつら、おかしいんじゃないの。

 まだ暑い9月だというのに、私の指先は氷のように冷えていく。
 両手で机を叩いて、めぐみちゃん達の前に向かう。

「これ、みんなに通報を指図してるでしょ!?」

 めぐみちゃんはムッとした表情をする。

「は? 誰が通報したとか、そんなのわかんないでしょ。証拠もないくせに、言いがかりとかやめてよ」

「あんた以外にそんなことするやつ、いるはずないでしょ!」

 私が詰め寄ると、そばにいた若乃さんが私を突き飛ばした。

 そのあまりの力強さに、私は尻もちをついてしまう。

「いたっ……」

「通報されたからってウチらに八つ当たりしないでよ」

 若乃さんが低い声で言うと、森さんは頷いた。

「よく被害者みたいな面できるもんだわぁ」

「被害者もなにも、私はなにもしてない!」

 目頭が熱くなってくる。でも、ここで絶対に泣きたくない。
 
「ふざけんな。お前さ、崇がどうなったのか知らねぇんだろ」


 森さんのその声は、いつもの鼻にかかった感じではなかった。

「そんなの、知るはずないじゃない。いじめをしていたから、転校したんでしょ」

「――そんなので済んでたらいいけどね」

「どういうこと……?」

「保安隊に連行されてから、一切崇と連絡がとれなくなった。それどころか、家に行ったら崇の家族すらいなかった」

「ちょっと待って。わけわかんないよ。酒井くんと酒井くんの家族は関係ないでしょ?」

 私はゆっくりと立ち上がる。お尻がまだ、じんじんしている。

「それが通報システムの仕組みってことでしょ。崇は消えた。彼女である私になんの言葉もなく行方をくらますような奴じゃないんだよ! それなのに……。それもこれも、あんたが軽はずみな気持ちで通報なんてしたからだ!」

 噂はあったけど、本当に酒井くんと森さんって付き合っていたんだ。
 
「私そんなつもりじゃ……」

「……絶対に、お前も崇と同じ目にあわせてやる……!」

 そう呟く森さんの瞳から、涙がぽろりと零れた。
 若乃さんは心配しているのか、森さんの背中に手を置いている。

 
 めぐみちゃんは、そのふたりの後ろで満面の笑顔を浮かべていた。
 
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