絶対通報システム
 騒がしかった声がひとつずつ消えていく。
 床を滑る体育館シューズのゴムの音も、数えられる程度だ。

 若乃さんはバレーボールを入れるキャスター付きのカゴを持っていったので、次に倉庫に戻ってきたとき動きだそう。他の部活動は、もう体育館にはいない。

 鉄製の引き戸がガタガタと音を立てて開いた。さぁ、ここからだ。

 倉庫の奥にまでボールカゴを運ぶ若乃さんに気づかれないよう後ろにまわり、引き戸を思いきり閉めた。

 ガンッ! という音に驚いた若乃さんがこちらを向く。リングデバイスを二回タップして、録画を開始した。


「部活動お疲れ様ですっ」


 私が微笑みかけると、若乃さんは訝し気な表情を浮かべた。

「は? なんで久代がこんなところにいんの? ウチになんか言いたいわけ?」

 私は適当にモップなどを片付ける動作をしながら、小声で話す。

「ドア閉めたら、くっさいですね。若乃さんのにおいだ」

 あくまでも、笑顔は崩さない。
 散らかっていた他の部活の道具も、しっかりと棚に片付けていく。

「おい! お前今なんて言った!?」

 若乃さんはカゴを力任せに倒して、こちらに歩み寄ってきた。

「あ、聞こえちゃいました? なんか汗というか、ブタみたいなにおいがして……」

 教室でもいつも制汗スプレーをしつこいぐらいに使ってるもんね。気にしてるんでしょ。

「てめぇ、殺すぞ!!」

 顔を真っ赤にした若乃さんは私の胸ぐらを掴んだ。苦しい。でも、まだ足りない。

 私は大きい声を出す。
 
「若乃さんが片付けを手伝えって言ったんじゃないですか! やめてください!」

「……意味わかんねーこと言ってんじゃねぇ!」

 胸ぐらを掴まれたまま、もう片方の手で思いきりビンタをされた。まるで脳内が揺れたような衝撃を受ける。目の前が真っ暗になって、そのなかに星が飛んでいる。

 勢いよくはたかれた私は、倉庫の壁に頭をぶつけてしまった。

「痛い目見なきゃわかんねーのかよ。お前、私がひとりだったら歯向かえると思ったのか? 信用ポイントが低いお前なんか、どうしたってかまわねーんだよ」

「ごめんなさい……許してください」

 ここはしおらしくした方が、きっと若乃由香はのってくる。

「許せるはずねーだろ!」

 倒れている私のお腹に、蹴りを入れてくる。お腹に鈍い痛みが走った。


 きっとここまでされたら、大丈夫だろう。

 私はお腹を抑えながら意識を失ったふりをした。

「ちっ……。ほんっとうぜぇ。また明日から覚えとけよ。あーちゃんと一緒に、お前のこといじめ抜いてやる」

 体育倉庫から出ていく若乃さんを確認して、私はすぐに飛び起きた。

 ほっぺたも、頭も、お腹も痛い。だけど、すぐにしなきゃいけないことがある。
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