フラれた後輩くんに、結婚してから再会しました
最終話 星の瞬き

ー 一年後 ー


「朝比奈さん、お疲れさま。今日は上がってくれて大丈夫よ」

わたしは端末の画面をチェックしながら、オーナーに頭を下げた。

「ありがとうございます。この発注だけ確認しますね。夕方のアルバイトの子がくるまで少しあるので。そのあと、夜お店閉める頃にまた戻ってきます」

「ごめんなさいね。何もかもお任せしちゃって。最近は目が疲れて、発注するのも一苦労なのよ」
初老の女性はゆっくりと食器を片付けながら笑った。
「気になさらないでください。これも仕事のうちですから」
「そういえば、今日は用事があるって言ってたわよね。もしかして打ち合わせなの?出版社の方と」
「ええ、そうなんです」
「ほんと、すごいわねえ。本になるんでしょう?あなたの作ったものが」
わたしは少しはにかんで頷いた。
「たまたま、ご縁があって。それに、このお店も撮影に使わせていただくじゃないですか」
「こんな古い喫茶店、誰かに気に入ってもらえるなら本当にうれしいわね。本に残してもらえるなんて幸せよ」
彼女は嬉しそうに見渡す。十人も入ればいっぱいになってしまう喫茶店、それでも、アンティークの調度品などもあり、地元では密かに人気が高いのだ。

もうひとつ、人気の秘密は、店内の三分の一は占めていそうな立派なグランドピアノだった。この店のピアノは、誰でも弾くことができる。小さな子はもちろん、プロやアマチュアのピアニストの方が息抜きに弾きに訪れることもある。
そんなとき、小さな店内は、ゆったりとした贅沢なピアノが流れるミニホールに変身するのだ。

わたしは半年前から、この店で契約店長として働き始めた。地元の、海の見える喫茶店だ。

また、ハンドメイドの雑貨が順調に売れて、サイトにも取り上げられ、今度わたしも含めたアマチュア作家の本が出版されることになっている。いまはこのカフェの仕事の傍ら、撮影用の制作に集中している。
忙しくて、まとまった休みも取れないが今のところ充実しているし、なにより自分のためにお金を稼がなければならない。

地元に帰るにあたって、アパートを借りることにした。独身時代の貯金を取り崩して、家具や日用品を揃えた。本当は夫婦の老後に使うつもりだったものだが、もうそんな必要はない。
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