精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第100話 守ってあげられなくてごめんなさい

「ふう……今日も疲れたぁ……」

 一日中座りっぱなしだった身体を解きほぐすように、私は歩きながら全身を使って伸びをした。コキッコキッと、軽く骨が鳴る。

 今日はずっと座学だったから身体が強張っている。間にダンスの練習でも入っていれば、身体の強ばりもましだったかもしれないけれど。

 今は夜更け。

 いつもならすぐに眠ってしまうのに、何故か今日に限って寝付けなかったため、少し気晴らしに散歩しようと出てきたのだ。

 外は思った以上に寒くて、肩にかけたショールをきつく巻き直した。

 私が部屋を出るのを見た護衛騎士の方が、慌てて同行しようとしてくださったけれど、こちらの気まぐれに付き合わせるのが申し訳なく、丁重にお断りした。

 最近私の身辺警護がまた厳しくなっている気がする。
 多分、リズリー殿下がバルバーリ王国に戻ったから警戒を強めたのだと思うけれど。

 未だにフォレスティ王国が送った抗議文書の正式な返答や謝罪は来ていない。

 もちろん、私の提案に対する答えも……
 その沈黙が、何だか不気味だった。

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前に精霊宮が現れた。無意識に足がここに向いていたみたい。

 一度しか来ていない場所だけれど、無意識にたどり着いてしまうほど、印象深い場所だったのかしら。

 心の中で苦笑しながら、私は精霊宮の入り口を守る兵士に事情を告げ、扉を開けて貰った。

 中に足を踏み入れると、アランとやってきた時と同じように、精霊魔法で灯された淡い光が辺りを照らしていた。

 精霊宮には、フォレスティ王国に来た次の日、アランに案内されて来たとき以来入っていない。

 確か初めてここに来たとき、フォレスティ王国が崇める存在――精霊女王エルフィーランジュについて教えて貰ったんだっけ。

 ゆっくり歩みを進め、等身大の精霊女王像の前に立った。
 初めて見たときと同じように両手を広げ、全身で風を受けているような躍動感で私を迎える。 

(まさか自分が、その生まれ変わりだと知ることになるなんて、想像もしていなかったけれど……)

 私が精霊女王の生まれ変わりだと知らされた後、あまりにも色んなことが立て続けにあったから、自分自身のことについてゆっくりと考える余裕がなかったっけ。

 もの凄く今更感があるけれど、あのときはリズリー殿下たちへの対策や、アランと婚約者の練習をしたりと忙しかったものね。

 改めて、精霊女王像を見上げる。

 自分の前世と、像とはいえ向き合っているなんて、もの凄く不思議な気持ちだ。あとこの像が、王都のいたるところに飾られていたことを思い出すとちょっと恥ずかしい。

 広げた両手には、黒と透明な球体が乗っている。カレイドス先生の話だと、光と闇の大精霊を象徴していると仰っていたはず。

 大精霊は精霊女王を守護し、彼女の願いを上位・下位精霊に伝えて、叶える役目を持っているのだと。

 ならば、今も私の傍にいるのかしら?

 アランたちは、精霊たちが私の強い願いや感情に応えてくれるって言っていたけれど、それも全て大精霊のお陰なの?

 両手を目の前で開いてみても、そんな偉大な存在を見ることも感じることも出来ない。いえ、それどころか、ルドルフやカレイドス先生のように、精霊を視ることすら出来ない。

 精霊女王だといわれているのに――

 ふうっとため息をついた。

 ルドルフからは私が精霊女王で間違いないと保証されているし、私がこの国に来たタイミングでフォレスティ王国の自然がより豊かにはなっているけれど、それでもまだ心のどこかで疑っている自分がいる。

 何というか、精霊を生み出す存在にしては、力が中途半端というか……私にも精霊を視る目があれば、実感できるのかもしれないけれど。
 
 再び、精霊女王像に視線を向けた。

 彼女のことについて語るアランの声が耳の奥で蘇る。それを聞くと、心の奥がギュッと締め付けられた。

(私の素性について知っていたアランは……どういう気持ちで精霊女王の説明を私にしていたのかしら?)

 彼が口にしたのは、精霊女王の簡単な紹介だ。

 ソルマン王の怒りを買い、ギアスによって精霊が奪われたこの地に、精霊女王エルフィーランジュが現れた。そして荒廃した土地を蘇らせ、フォレスティ王国を救い、数年後に亡くなった。

 ただそれだけ。

 その後カレイドス先生の授業によって、エルフィーランジュは初代フォレスティ国王であるルヴァン様と結婚し、女児をもうけたらしいけれど、その後、病で子どもとともに死んでしまった。

 とても悲しい話だ。
 国内で伝えられているこの歴史を、王弟であるアランが知らないわけがない。

 私が精霊女王の生まれ変わりだと知っていたから、あえて話さなかったの?
 前世とはいえ、幼くして自分の子が死ぬなんて辛いことだから?

 ふと両腕に、柔らかな温もりが蘇った。
 ふわっと香る、甘い香りも――

 オルジュ姫殿下を抱っこした時の記憶が蘇る。

 あのときの私は、突然湧き上がった悲しみの意味も分からず、ただただ涙を流すだけだった。でも今は、その理由が少し理解できる気がする。

 重ねていたのかもしれない。
 前世の私が失った娘の姿と。

 病から救ってあげられなかったから……謝っていたのかもしれない。

 そう思った瞬間、喉の奥から熱い塊が迫り上げてきた。
 それは唇からこぼれ落ち、悲痛な声色を響かせる。

「ごめんなさい……守ってあげられなくて、ごめんなさい……」

 何かに謝罪する言葉が止まらない。困惑する理性と、追われるように湧き上がる罪悪感という感情が入り混じり、心がぐちゃぐちゃになった。

 謝罪の言葉を繰り返しながら、私は何かに操られるように精霊女王像の向こうを見た。

 彼女の夫であった、初代国王ルヴァンの肖像画を。

 存命期間が刻まれたプレートを見て、今以上の苦しみが胸を締め付ける。

 涙が溢れ出した。
 膝から力が抜けて、身体が紺色の絨毯の上に崩れ落ちてしまう。

 だけど、伸ばした手を下ろすことは出来なかった。
 下半身は床に根を張ったように動けないのに、上半身は肖像画に向かって前のめりになる。

 唇が勝手に動き出す。

「ルゥ……何故……何故、死んでしまったの?」
 
 まるで私の後を追うように、早く――
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