精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第105話 アランの力

 周囲を照らしていた精霊魔法の光が突然消えた。
 代わりにこの建物を焼いている炎が、赤く周囲を照らし出している。

 ついさっきまで、精霊たちによって普通にできていた呼吸に再び息苦しさと、熱さが肌を刺激する。

 先ほどまで私は、精霊たちによって炎や熱から守られていた。
 それがなくなったということは、つまり、

「アラン……今殿下は、ギアスを使った……のよね?」

 声の震えを止めることができない私の問いに、アランは周囲に視線を向けながらぎこちなく頷いた。

「ああ、そうだ。城内……いや、恐らく王都内全ての精霊を、霊具に閉じ込めたんだと思う。だから精霊魔法による光が全て消えてしまったんだ」
「お、王都内全ての精霊が?」
「ああ、ここから僅かに見えていた街の光が消えているからね」

 確かに街の光が消えている。

 もし彼の言葉が本当で王都内の精霊がギアスによってとらえられたのなら、その影響は明かりだけにとどまっていないはず。

 急に精霊魔法が消失した影響で、王都の人々が事故やケガをしていなければいいのだけれど……

 だけど、

「そんな広範囲の精霊を一回のギアスで捕まえるなんて話、聞いたことがない……」

 にわかには信じられなかった。

 マルティがたくさんの精霊を霊具に閉じ込められたのは、精霊を生み出している私の傍でギアスを使ったからだ。単純に、彼女がギアスで捕らえられる範囲に、大量の精霊がいたからであり、マルティの力ではないと言われている。

 もしアランの言葉が本当なら、規格外の力過ぎる。

 私たちの会話を聞いていたリズリー殿下がククッと喉を鳴らして笑うと、見下すような視線をアランに向けた。

「そういえば、貴様はこの肉体の持ち主に以前こう言っていたな。本気でフォレスティ王国と戦うつもりなら、余を連れてくるんだ、とな」
「……バケモノめ」

 倒れたままだった私の身体を起こしながら、アランが吐き捨てる。

 このやりとりが、全てを物語っていた。

 リズリー殿下がもつ霊具とギアスの力が、強大すぎることを。
 私が産みだしている膨大な量と言われる精霊を、一度で狩り尽くしてしまうほどに――

 その時、

「アラン様っ‼」

 破壊され崩れた横の壁から、フォレスティの騎士と兵士たちが姿を現した。手に剣をもち、松明やランタンによって光を確保している。
 彼らはすぐさまアランを守るため、私たちの周囲を取り囲み、武器を構えた。

 アランの一番近い場所には護衛騎士たちが、その周囲を兵士たちが守り固める。

 騎士や兵士たちの中にはリズリー殿下のことを知っている者も多く、入国を禁じられた彼が何故ここにいるのかと呟く声もちらほら聞こえた。

 そんな中、

「これは、どういう事態だ!」

 ちょうど騎士たちがやって来た方向から、低く鋭い声が響き渡った。

 現れたのは、多くの護衛を引き連れたイグニス陛下だった。

 陛下の横にはルドルフが控えている。いつもの優しいお爺さんではなく、見たことのないほどの厳しい表情を浮かべ、陛下に付き添っていた。彼らの足が、私たちやリズリー殿下から少し離れた場所で止まる。

 そして、私たちと向かい合うリズリー殿下の姿を映すと、陛下は細い瞳を大きく見開いた。

「何故、フォレスティ王国への入国禁止となった貴殿がここにいる? 精霊宮を破壊したのはまさか……」
「ああ、そのまさかだよ、兄さん。そしてあの男はリズリーじゃない」

 アランの返答を、ルドルフが引き継ぐ。

「……陛下、侵入者がもつ金色の霊具から、明らかに他の精霊とは格の違う存在が視えます」
「格の違う存在? まさか……」
「恐らく、あの霊具の中に行方不明だった大精霊が閉じ込められておるのでしょう。そしてそれは――全く異質な存在と繋がっておるように見えます」
「その全く異質な存在ってやつが、今、リズリーにとりついているソルマンの魂だ。あの男は三百年間、精霊女王から奪った光と闇の大精霊の力を使って魂を現世に留め、リズリーの肉体を乗っ取った」
「ソルマン? 三百年前の、ギアスと霊具を生み出したバルバーリ王国の国王か?」
「……ああ。三百年前、フォレスティ王国からエルフィーランジュとその娘――ティオナ・ブライトリ・テ・フォレスティを誘拐した張本人だ」

 再び陛下が瞳を見開いた。

 イグニス陛下がチラッとルドルフを見ると、ルドルフはアランの言葉が正しいと言わんばかりに強く頷いた。それを見て、陛下も頷き返す。

 そして厳しい視線をリズリー殿下に向けられた。

 アランから突拍子もないことをら聞かされているにも関わらず、疑いや困惑は見られない。

「……とのことだが、何か異論はあるか? 過去の亡霊よ」
「貴様がフォレスティの国王か……青いな」

 そう言ってリズリー殿下が両腕を組みながら、まるで値踏みするかのような不躾な視線を陛下に向けて笑う。

「訂正しておこう。誘拐ではない。余はエルフィーランジュを救い出したまでだ。結ばれる相手を誤り、この国に縛り付けられていた彼女を、その男の手からな」

 そう言って、リズリー殿下はアランを睨みつけた。

 相手の発言に虚を突かれたのか、イグニス陛下が目を丸くした。それは隣で聞いていたルドルフも同じだった。

 イグニス陛下が何を思われたのかは分からない。ただ炎に照らされた顔に、歯がゆさと怒りが入り交じったような表情が浮かんだのを見た気がした。

「……アラン、辛かったな」

 爆ぜる火の音の中で、そう呟く陛下の声も――

 しかしすぐに瞳を伏せ、次の瞳を開いたときには、心の内を感じさせない無表情に戻っていた。陛下が手を挙げると、控えていた騎士や兵士たちが、一斉に剣を構えた。

 それを見たアランが、陛下たちがいる方向に私の肩を押す。

「あ、アラン⁉」
「俺がソルマンの足止めをする。エヴァは護衛騎士たちと一緒に、兄さんの元に逃げるんだ」
「危険だわ! 力を貸してくれる精霊たちは、殿下のギアスによって奪われてしまっているのよ⁉ 魔法も使えない状況なのに‼」
「……大丈夫だよ、エヴァ。俺が契約している上位精霊たちは無事だから」
「上位……精霊、たち?」

 そういえば先ほどリズリー殿下は、アランを見て上位精霊のことを口にした。それも四大元素の上位精霊が揃っていると。

 さらに、殿下の霊具を見たアランは、そこに光と闇の大精霊が閉じ込められていることを言い当てた。

 アラン、もしかしてあなたは……

「ルドルフと……同じ力を持っているの?」

 精霊を視る目を持ち、四大元素の上位精霊全てと契約し、大精霊魔術師としてこの国の精霊魔法士たちの頂点にいる彼と。
 
 アランが微笑む。
 少しだけ、悲しそうに。

「……君を守るために、精霊たちが今世の()に与えてくれた力だ」
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