精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第135話 誇り高き兵士

 バルバーリ王国とフォレスティ王国の国境。
 敵国と化したバルバーリ王国からの進軍を防ぐために建てられた防衛施設に、私はいた。

 宣戦布告から四十日。
 ついにバルバーリ王国が動き出したという情報が入ったからだ。
 相手も隠すつもりはないみたいで、大軍を率いて、堂々とこちらに向かっていると聞いている。

 ずっと不安だった。

 少しでも役に立ちたくて祈ったけれど、バルバーリ王国に運ばれる物資が届くのを妨害したぐらい。

 逆に、お願いを聞いてくれた精霊たちが、ギアスによって霊具に捕らわれると知り、祈ることを止めた。力を注いて霊具から精霊たちを解放することも考えたけれど、バルバーリ王国を包む結界が強化されたと聞き、それも諦めざるを得なかった。

 一時、バルバーリ王国のメルトア前王妃が、フォレスティ王国に接触を図って来たみたいだけれど、連絡が途絶えると同時に、彼女が投獄された噂を聞いた。 

 バルバーリ王国は、リズリー殿下の名の下に、他国から大量に精霊を狩った。

 さらに王国内では、マルティの力が再び注目を浴びていると聞く。
 狩った精霊たちを使ってバルバーリ王国内の自然の恵みを蘇らせ、人々から再び聖女だと讃えられているのだという。

 まるで、フォレスティ王国で罪人となったことなど、なかったかのように。

 今回の進軍にも、マルティの姿も確認されていて、他の精霊魔法士たちと一線を画す待遇を受けているみたい。

 イグニス陛下は未だに目覚められない。

 肉体が衰えないよう、精霊魔法士たちの総力をもって延命措置がとられているし、私も精霊たちに陛下を助けるよう願った効果が出ているのか、長い時間が経った今でも何とか持ちこたえられている。

 だけど、それももう限界にきている。
 一刻も早くこの戦いを終わらせ、ソルマン王から大精霊たちを取り返さないと。

 バルバーリ軍がこちらに近づいていると聞き、ヌークルバ関所から少し離れた場所にある平地に移動した。

 フォレスティの王都エストレアを攻め落とすために必ず通るこの場所で、バルバーリ軍を迎え撃つ。

「ノーチェ兄さんが言ったとおり、ソルマンも同行しているようだな」
「大精霊の力を使って、短期決戦に持ちこむつもりだろう。精霊狩りによって、バルバーリ王国内の自然の恵みが蘇ったとは言え、一時的なものだからな。本音を言えば、相手も一刻も早く戦争を終わらせたいんだろう」

 平地がよく見える高台に建てられたテントで、諜報員からの報告書に目を走らせるアランの言葉に、ノーチェ殿下が答えられる。

 周囲がとても慌ただしい。ひっきりなしに、人の叫び声と物がぶつかる音や金属がこすれ合う音が響いている。

 私はテントの隅に座っていた。
 すぐそばには、護衛としてマリアや数人の護衛騎士がついて下さっているけれど、緊張と不安で心が押しつぶされそう。

 私の不安に気付いてくれたのか、マリアは私の横にしゃがんで視線を同じにした。優しく微笑みながら、緊張で冷たくなった私の手を取るとギュッと握る。

「エヴァちゃん、大丈夫よ。あなたの身は、私が命に替えても守るから」
「命に替えてって、そんなこと言わないで! 私、誰も傷ついて欲しくない……」

 首を横に振り、マリアの手を強く握り返す。だけど返ってきた彼女の眼差しは、とても厳しかった。

「それは……とても難しいことだわ。だってこれは戦争。そして私は――フォレスティ王国の兵士の一員なの。この国に住む大切な人たちを守ることが、私の役目だから」
「マリア……」

 目の前にいる彼女は、優しいお姉さんじゃなかった。

 国を守る誇り高き兵士だった。

 マリアを含め、ここにいる人々は皆、国を守るという気持ちを抱き、戦っているのだと、思い知らされる。

 私は……甘い。

 そう思って俯いた私の頭を、マリアが優しくポンポンと撫でた。緊張感で満ちた空間に、明るい声色が響き渡る。

「そんな顔しないで、エヴァちゃん! 可愛い妹はね、つよーいお姉さんの背中に守られていなさいってことよ」

 そう言いながら、サッと隠した反対の手が僅かに震えているのを私は見た。

 だけど表情は、私に触れる手は、彼女が内に秘める恐怖を微塵も見せない。

 マリアは強くて優しい。
 自身が抱く恐怖を必死で抑えながら、私を励まそうとしてくれる。

 だから私も笑う。
 彼女の強さに敬意を表するために――

「ありがとう、マリア。だけど妹だって、お姉さんの役に立ちたいの。だから……祈るわ。皆が無事に戦いを終えられるように、この戦争に勝利できるように、精霊たちに強く強く祈るわ」
「ふふっ、エヴァちゃんが祈ってくれるなら、もう勝ったも同然ね。今日の晩ご飯、何食べるか考えておかなくちゃ」

 マリアの言葉に、思わず噴き出してしまう。
 不安で塗りつぶされそうだった心が、少しだけ軽くなった。

 私は両手を組むと、瞳を閉じた。
 そして、強く、強く願う。

(どうか……この戦いに勝利できるように。精霊たち、フォレスティ王国の兵の皆さんを、守って――)

 どうか、どうか――

「エヴァちゃん、これ……」

 マリアの驚きの声を聞き目を開けると、彼女の身体が白い光の粒に包まれていた。その変化は、護衛騎士達にも現れている。

 驚きの声が、テントの中だけでなく、外からも聞こえてきた。
 どうやらこの光はマリアだけでなく、フォレスティ軍の全ての人たちに起こっているみたい。

 皆が驚く中、光の粒はまるでその人の身体に染みこんでいくかように、すぅっと音もなく消えた。

 今のは一体何?
 精霊たちが、私の願いに応えてくれた結果なのだと思うけれど。

「エヴァ、今のは――」

 こちらにやって来たアランの言葉に、瞳をキラキラさせたノーチェ殿下が思いっきり被せられた。

「<精霊の加護(ディバインプロテクション)>だ‼ 一度にこれだけの規模の魔法をかけられるとは‼」
「それってなに……って、兄さん、ちょ、やめっ……落ち着けって‼」

 魔法の効果を確認しているのか、ノーチェ殿下がアランの背中や肩に触れたり、腕を持ち上げたりされている。
 それを思いっきり鬱陶しそうに手で払うと、アランは後からやって来たルドルフに視線で説明を求めた。

「<精霊の加護(ディバインプロテクション)>は、<治癒(ヒール)>と<身体強化(パワーエンハンス)>の複合魔法。肉体へのダメージを防御、軽減するだけでなく、自己治癒力も上げているため、多少の傷ならすぐに回復するじゃろう」

 すごい!
 これなら生き残れる可能性が上がるわ!

 アランに逃げられたノーチェ殿下が、さらに瞳を輝かせながら、私の方にズイッと寄ってこられた。

「<精霊の加護(ディバインプロテクション)>の特徴は何といっても、一過性である<治癒(ヒール)>が常時発動している状態ということ。精霊魔術師でも使える人間はそうおりません! そ、それを一瞬で全兵士にだなんて……やはり精霊女王のお力は、我々人間の想像を遙かに超えるものだ……」
「え、えっと……お、お役に立てたのなら、幸いで、す……?」

 ノーチェ殿下の目が……何だかちょっと据わっている気が……
 もしかして、精霊女王崇拝モード発動されてない?

 殿下の身体が、突然グイッと後ろに引かれた。
 わわっと声をあげながら、慌てて身体のバランスをとろうとした殿下と私の間にできた隙間に、アランが割り込む。

 そしてまるで何事もなかったかのように、私に微笑んだ。
 
「ありがとう、エヴァ。これで、防御魔法に費やす予定だった精霊魔法士たちの力を温存できるよ」

 問題ないと言われ、私は胸をなで下ろした。
 よかった、少しは皆さんの役に立てて……

 そのとき、

「バルバーリ軍を遠眼鏡で確認致しました」

 見張りからの報告に、テント内の空気が張り詰めるような緊張へと一変する。

「……いよいよだな」

 そう呟くノーチェ殿下の声は、固い。
 
 殿下がテントを出られ皆がそれについていく中、一緒に外に出ようと立ち上がった私を、アランが止めようと動く。

 だけど皆が戦っているのに、私だけのうのうと安全な場所で守られているなんて、嫌。

 私はもう十分に守って貰った。
 だから――

「アラン、私も皆を守りたいの」

 私の言葉を聞き、アランは僅かに息を吐いた。私をどう説得しても無駄だと悟ったみたい。
 力強く頷くと、こちらに向かって手を差し伸べる。

「分かった。一緒に行こう、エヴァ」

 彼の力強い言葉に大きく頷くと、差し出された手を取り、強く握った。
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