精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第28話 バルバーリ王国の精霊狩り

 私たちは、屈強な護衛騎士たちに守られながら、フォレスティ王国の王都エストレアにやってきた。
 
「わぁ、凄い! 自然が一杯!」

 馬車の窓から王都を覗いた私は、思わず感嘆の声を上げてしまった。
 王都エストレアは、自然と建物が混じり合った街だった。
 バルバーリ王国の王都には、たくさんの人々が住んでいるため、所狭しと建物が無秩序に建てられていて雑多な感じがあるけれど、エストレアはそれとはまったく正反対。
 人が住む場所が四角く区分けされているため、整然としている。さらに、建物と建物の間の土地や、道の両端には、木々や花が植えられており、この街に来る人々を迎えてくれた。

 私の隣で、アランが小さく笑いながら説明してくれる。

「以前にも言ったけど、フォレスティ王国は、精霊を何よりも大切にする国だからね。精霊の存在は、自然の豊かさと関係している。だからこの国の人間が、自然を大切にするのは普通のことなんだ」
「へぇー、だからこんなふうに、街と自然が共存したような環境になっているのね」
「そうだよ。この考えは王都だけじゃなく、国全体に伝えられているんだ」

 そう言えば、王都に来る途中に寄った村や街も、自然が多かったわ。辺境寄りの村や街だからだと思っていたのだけれど、国の方針として、意識的に自然を多く取り入れた町作りをしているからなのね。

 自然豊かな王都の光景を一目見ただけで、この国がどれほど精霊を大切にしているかが伝わってくる。心なしか空気も、バルバーリ王国とは違い、軽く爽やかで心地がいい。

 そう思ったところで、ハタッと気付く。

「精霊の悲鳴……フォレスティ王国に入ってから、全く聞かなくなったわ」

 バルバーリ王国にいた時、時々聞こえていた謎の悲鳴――その正体は、霊具に捕われ、消滅するまで使役されている精霊の断末魔――が、フォレスティ王国に入ってからピタリとなくなっていた。

 何気なく呟いた言葉をアランが拾い、得意げに口角を上げる。

「そうだろうね。だってこの国では、ギアスを使った精霊魔法は禁止されているから」
「そうなの?」
「ああ。霊具を持ち込むことすら禁止だよ。俺たちは、ヌークルバ関所でフォレスティ側の検問は受けなかったけど、あそこで、フォレスティ王国に霊具が持ち込まれていないかチェックされるんだ」

 もし見つかったら、捨てない限り、フォレスティ王国に入れないらしい。

 仮に検問を潜り抜け、この国でギアスを使ったことがばれた場合、霊具は破壊され、犯罪者として刑に処される。それほど、この国でギアスを使った精霊魔法は、忌むべきものとされているみたい。

 まあ、精霊を大切にしているこの国が、精霊を閉じ込めて、消滅するまで使役するような精霊魔法を認めるわけがないのは当たり前のことで。

 これがきっと、正しい精霊魔法の姿なのね。

 バルバーリ王国から出て、次々と祖国の精霊魔法の異常さが浮き彫りになっていく。

「バルバーリ王国も、ギアスなんて捨ててしまえばいいのに……」
「……まあ、無理だろうな。二十五年前、あれだけのことがありながらも、ギアスと霊具を捨てられなかった国だし」

 声色に侮蔑を込めて、アランが答える。

 二十五年前といえば、バルバーリ王国内で、精霊魔法が使えなくなったときの話に違いない。あの時は、三年間ぐらいはまともに精霊魔法が使えなくなり、大変だったと聞いている。

「アランは、その話を知っているのね? バルバーリ国内で、三年間、精霊魔法が使えなくなったこと……」
「ああ、俺が産まれる前の話だけど知っているよ。いや、国中が知っている。そのせいで、バルバーリ王国の奴らはフォレスティ王国に対して、とんでもないことをしてきたんだから」

 アランの声色が、怒りを含んだ低いものへと変わった。さっきまで祖国を褒められ、得意げだった表情も、眉根を寄せた苦々しいものへと変わり、膝の上に乗っていた大きな手に力がこもっている。

「あの時、ギアスを使う使わない関係なく精霊魔法が使えなくなったことから察するに、バルバーリ王国内にいる精霊がいなくなったとしか考えられない。つまり、奴らは自国にいた精霊を、自らの手で消費し尽くしてしまったんだ。精霊魔法に必要な精霊がいなくなって困った彼らは、何をしたと思う?」
「何を? お父様から、精霊魔法がまた使えるようになるまでは、大変な三年間だったって聞いたけど、何をしたかまでは……」

 うーんと考え込む私に、アランの鋭い視線が向けられた。

「バルバーリ王国の連中は、よりにもよって、ギアスを使って他の国の精霊を狩ったんだ。主に、金のある貴族や王家の連中が、他国への精霊狩りを依頼したと聞いている。特に、隣国であったフォレスティ王国の被害は大きかった。一部の地域で、精霊と自然とのバランスが崩れてしまうほどにね」

 なんてことを……精霊たちがいなくなったのは自分たちのせいなのに、精霊を大切に扱っている国から精霊を奪うなんて……

 あまりにも自分勝手過ぎる祖国の行いに、思わず口元を手で覆った。 

 精霊狩りの被害にあってからフォレスティ王国では、ギアスを使った精霊魔法の使用と霊具の持ち込みを禁止したのだという。

 ここまでの話を聞き、私の中で何かがカチリとはまった。

「ということは……今、バルバーリ王国で精霊魔法が使えなくなっている原因って……」
「ああ。二十五年前と同じく、バルバーリ王国内の精霊がほとんどいなくなったからだ」

 精霊の存在は、精霊魔法だけでなく、自然とも深いかかわりがある。
 現在バルバーリ国内で問題になっている自然の豊かさが失われている件も、精霊がいなくなったからだと、アランは続けた。

 ああ、だからセイリン村で畑に種をまいていたおばさんが、最近作物の実りが悪いとぼやいていたのね。

「つまり、バルバーリ王国内の精霊の数が減ったため、今までのように精霊魔法に使える精霊がギアスで捕えられず、精霊魔法が使えなくなった。そして、精霊がいなくなったため、バルバーリ王国内の自然のバランスが崩れている。そういうことなのね」
「ご名答。エヴァは理解が早いね」

 にっこり笑うアラン。
 前髪の隙間からのぞく青い瞳が細められるのを見ると、胸の奥がキュンっと高鳴った 熱くなった耳たぶを、髪を整えるフリをしながら隠しながら、人差し指を顎に当て、湧いた疑問を口にする。

「でも、バルバーリ王国の精霊は、何故突然いなくなったのかしら?」

 前回の反省を生かすことなく、また無茶に消費しまくったから?
 でも今回は、突然、国内の精霊魔法が使えなくなったのよね? 精霊を霊具に閉じ込めているのだから、皆が同時に精霊魔法を使えなくなるということなど、ないはずなのに。

 うーんと唸っていると、ふふっと小さく笑うアランの声が鼓膜を震わせた。笑い声につられて彼の方を見ると、アランは窓の縁で頬杖をつきながら、外を見ていた。

「さあ、なんでだろうね?」

 私の質問を質問で返す彼の口角は、まるで頭の中に浮かんでいる存在を嘲笑うかのように持ち上がっていた。
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