精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第32話 私とアランは、そのような関係ではありませんっ‼

 その考えは、陛下の問いかけによって中断されてしまった。
 親しみのこもった細い瞳が、こちらに向けられる。

「こんな弟だから、あなたには色々と迷惑をかけたと思う。何か色々とやらかさなかっただろうか、エヴァ」

 柔らかな声色で、アランたちへの敬称はいらない、彼らといつもの通りに接して欲しい、と付け加えられる。
 陛下の前で失礼だとは思うけれど、わざわざ言ってくださっているのだ。断る方が逆に失礼かと思い、不本意ながらも従うことにした。

 うっすら汗をかいた手でドレスを握ると、緊張で少し震えそうになる喉に力を込める。

「私は五歳の時、父親を亡くし、現在の当主である叔父によって、使用人たちと同じように働かされていました。周囲の人々が立場を落とされた私への態度を変える中、アランとマリア、ルドルフだけは公爵令嬢として変わらない態度で接してくれたのです」

 辛い環境の中、アランたちから差し伸べられた温かな手を思い出すと、心がふんわりと温かくなった。
 弱々しかった言葉に、力が満ちていく。

「私は、ここにいる三人に救われたのです。クロージック家にいるときも、この国に来る長旅の間も、ずっと……。アランたちが、どのような理由でバルバーリ王国にやってきたのかは知りません。ですが……クロージック家を選んでくれたお陰で彼らと出会えたことに感謝しています」

 私は微笑みながらアランからマリア、ルドルフへ視線を移すと、最後に陛下に向かって感謝の意を込めて深く頭を下げた。

 イグニス陛下が微笑みを返しながら、そうか、と呟くと、椅子に深く腰をかけ直し、足を組んだ。

「エヴァ、君の境遇については、おおよそ聞いている。育ての親に虐げられていただけでなく、婚約者であった王太子から追放を命じられ、今は天涯孤独の身であることもね。さっきも言ったとおり、私はあなたに感謝している。だから好きなだけ、この城に滞在して欲しい」
「で、でも、私はたいしたことはしておりません! そんな待遇を受ける資格は……」
「城が嫌だというなら、あなたが望む場所で生活が出来るように手配しよう。他国に渡りたいと願うなら、協力もする。一つ言いたいことは、この国であなたの自由を妨げるものはない。あなたが望むことがあれば、我々はできる限り叶えたいと思っている」
「なぜ、そこまで……?」

 クロージック公爵令嬢の肩書きなんて名前だけだった私に、何故これほどまで優遇してくださるのか、理由が分からなかった。
 戸惑っていると、イグニス陛下は不思議そうに首を傾げた。

「当たり前じゃないか。あなたは、アランたちの恩人だ。それに、家族の一員を大切にすることが、それほど不思議かな?」

 ……ん?

「かぞ……く……?」

 激しく目を瞬かせながら、陛下の言葉を反芻する。イグニス陛下がますます不思議そうに眉根を寄せ、アランの方を見た。

「ん? 違うのか? ヌークルバ関所で、夫婦だと申し出ていたと聞いたが?」
「あ……」

 ああああああああああああっ‼
 数十日前の出来事が鮮明に蘇り、私の心は恥ずかしさで一杯になった。慌ててアランも、陛下の言葉を否定する。ダンッとテーブルを叩き、椅子を乱暴に引いて立ち上がる音が響き渡った。
 
「に、兄さんっ、違うからっ‼ あ、ああ、あ、あれは、バルバーリ王国にお金を落としたくなくて、ふ、夫婦のフリをしただけでっ‼」

 アランが、すっごい早口でまくし立てている。

 そ、そうよね?
 私との関係、誤解されたくないわよね……

 ちょっとだけ心がへこんだ。

 だけど、落ち込んでいる場合じゃない。私も加勢して誤解を解かないと!

 私もアランに倣い席を立つと、少し前のめりになって陛下に申し上げた。

「そ、そうですっ‼ 私とアランは、そのような関係ではありませんっ‼」 

(今は)

 無駄な足掻き、空しい願望だとは思いつつも、心の内でこっそり付け加えながら、言葉を続ける。

「彼の言うとおり、ヌークルバ関所では旅費を節約するために、夫婦役を演じただけなのです! アランは、私にとって大切なお友達――」
「分かった、分かったから、エヴァちゃん、ちょっと落ち着きましょう?」

 クイクイッとドレスが引っ張られ、私は咄嗟に言葉を飲み込んだ。声の主は、隣にいるマリアだ。彼女は少し呆れたように笑うと、

「そんなにまくし立てなくても、あなたの言い分は陛下にちゃんと伝わっているから。もうこれ以上、追い打ちをかけるのは止めてあげてね? 見ているこちらが可哀想だわ」

 そう私に耳打ちをし、チラッとアランに視線を向けた。

 追い打ち?
 可哀想?

 理解出来ず、マリアにつられて彼を見ると、立っていたはずのアランが椅子に座り込み、両手の指を組んだ手を額にあてて俯いている。背後から立ち上るオーラは、どんよりと重い。

 アラン、どうしたのかしら?

 不思議に思っていると、ふふっと、陛下の笑い声が響いた。両手を組み、一人で納得した様子で頷かれている。

「そうかそうか、二人とも勘違いして悪かったね。うんうん、友達同士かぁ。まあ今は……そういうことにしておこうか。……うん、そっちの方が面白そうだし」
「……陛下」
「ルドルフ、そんな目で私を見ないでおくれ。もちろん、冗談だよ」

 軽くルドルフに睨まれ、陛下は軽く肩を竦めたけれど、私とアランを交互に見つめる表情は、支度室でアランと私のやりとりを見ていた侍女たちと同じように、ニヨニヨしていた。 
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