精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第36話 精霊宮

 今までにないくらい豪華な朝食を頂いた後、私はアランに連れられてフォレスティ城内を案内して貰うことになった。

 城はとても広く、全てを案内しようものなら、一日ではとても回りきれないらしい。それは単純に部屋が多いだけでなく、緑豊かで広大な庭園が至る所に造られているからだ。

 庭園はそれぞれテーマがあり、それに合わせて精巧に計算されて作られている。庭園そのものが芸術と呼べるレベルに達しているため、庭園巡りを楽しみにしている客人たちも多いのだと、アランが教えてくれた。

 窓から見える庭園は、遠目からでもその美しさが伝わってくる。

 私の生活に関わってくる場所の説明を一通りしたアランが、城内と城全体の地図を差し出した。綺麗な青い瞳は細められ、口元は悪戯っ子のようにニヤッと笑っている。

「この地図は、エヴァがもってて? 城の生活に慣れるまでに、迷子になったら大変だしね」
「そ、そうね! 迷子になったら、二度と戻ってこられなさそうだもの……この地図は命綱も同然だわ……」
「え、い、いや……冗談だったんだけど……。あ、安心して? そんな危険な場所じゃないからね、ここは……」

 ははっ、危険じゃないとか、ご冗談を。
 城に慣れるまで、少なくとも五回は迷子になる自信があるわ、私!

 私の反応に若干引いていたアランだったけれど、すぐにいつもの優しい表情に戻った。貰った地図を早速開く私の手元を覗きこみながら尋ねる。

「これで一通り、エヴァの生活に必要な場所は説明したけれど、他に何か気になる場所とかある? まだ昼食まで時間があるし、知りたいことや聞きたいことがあったら、何でも言って?」

 気になる場所……かぁ。

「それなら、ここは何? とっても広そうな建物みたいだけれど」

 そう言って、私は城の横に描かれた大きな建物を指差した。地図を開いたとき、目に飛び込んできた場所で、気になっていたのだ。

 私が指差した場所を見た瞬間、アランの笑顔がスッと消えた。しかし、すぐに口元に笑みを浮かべながら、

「そこは、精霊宮だよ」

 と、説明してくれた。
 初めて聞く単語に、私は首を傾げながら聞き返す。

「精霊宮?」
「ああ。精霊の姿は、ほとんどの人間が視ることは出来ない。だからこそ、精霊の存在や、彼らからもたらされる恵みを忘れてはならないと、感謝と祈りを捧げる場として造られた場所だよ。精霊に関わる儀式は、精霊宮で行われる。後、王族の結婚式なんかも、ここでするよ」
「へぇー、結婚式も……」
「う、うん、結婚式も……」

 アランは私の呟きを反芻すると、何故か不意に視線を反らしてしまった。髪を切ったため、以前よりもよく見えるようになった耳たぶが、何故かほんのり赤く染まっている。

 暑いのかしら? 

 そういう私だって、アランのことを言えない。髪の毛で隠れた耳全体が、カッカッと熱をもっている。もちろん、アランのように暑いからではなく、彼との結婚を妄想したことによる照れから来るものだから、タチが悪い。

 もうっ、さっきから脳内で結婚式ファンファーレが鳴り止まないのだけどっ!
 結婚という単語聞いて意識しないでいるなんて、そんなの私には至難の業過ぎる!

 変な沈黙が流れた。
 それを破ったのは、アラン。

 少し慌てたような、上ずった声が廊下に響く。

「えっと……精霊宮に行ってみる? む、無理にとは言わないし! で、でも初代フォレスティ王が造った建物だから、れ、歴史的価値もある、っていうか……」
「そ、それなら、見に行ってみようかしら! そんな歴史的建造物なんて、み、見る機会、そうそうないものねっ‼」

 決して、アランとの結婚の妄想をさらに捗らせるために、み、見たいわけじゃないわっ!

 何だかギクシャクした感じになりながら、私たちは聖霊宮へ向かった。

 城を出て少し離れた場所――森と呼べるほどの木々に囲まれた静かな場所に、精霊宮はあった。
 
 白い石を高く積み上げた壁面の上の方には、美しいステンドグラスがはめ込まれていて、太陽の光で煌めいている。外装を見ただけでも、歴史が刻まれた重厚感が、ひしひしと伝わってくる。人々の祈りの場である神聖な場所であるからか、自然と背筋が伸び、目に見えない存在への畏怖を抱かずにはいられない。 

 入り口には見張の兵士がいて、私たちを見て敬礼した。
 兵士が扉を開いてくれたので、私は彼らに軽く会釈すると、ゆっくりと精霊宮に足を踏み入れた。

 中は、とても広かった。建物的には三階建てくらいの高さはあるほど天井が高い。天窓がいたるところにあり、明かりがなくとも十分なくらいの光が室内に差し込んでいる。床はピカピカに磨かれた白い石で敷き詰められ、歩くと踵の音が反響した。

 両端には、椅子が並べられている。礼拝や結婚式の際、参列者が座る物だろう。

  そして、紺色の敷物が真っ直ぐ続くその先、磨かれた石の台座の上にあったのは――腰まである長い髪をたなびかせ両手を広げる、等身大の銀色の女性像だった。まるで全身に風を受けているように、スカートがはためき、気持ちよさそうに双眸を閉じている。

 彼女の広げた両手の上には、手のひらほどの黒と透明の球体が乗っていた。

「これは……」

 像とは思えない程の躍動感を感じさせるそれを見つめる唇から、自然と問う声が洩れる。

 私の横に立ったアランの、静かで荘重な声色が反響した。

「これが我が国が崇める存在――精霊女王エルフィーランジュだ」
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