精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第39話 精霊魔法が使えるようになれるかも

「お困りのようですね? 良かったら、お店のお手伝いをさせてください。これでも私、以前別のお店で働いていたこともありますし、計算も読み書きも出来ますから!」

 店員さんは、突然の私の申し出に驚いていたけれど、背に腹は代えられないと思ったのか、大きく頷いた。

 ここは、生野菜や野菜の加工品を売っているお店みたい。

 店員さんだと思っていた女性は、この店の奥さんで、今日はたまたま特売日で人が多くなる日だったのに、店主である旦那さんに急用が出来てしまい、一人でお店を切り盛りしていたそうだ。
 
 そして急に赤ちゃんが泣き出して手に負えなくなり、困っていた現場に私が居合わせたみたい。

 私が手伝いに入ったことで、店の前に出来ていた人だかりが少しずつ減っていく。

 お客さんが笑顔で帰っていくにつれて、慌てふためいていた奥さんの表情に、安堵と穏やかさが戻ってきた。そんなお母さんの心境を感じ取ったのか、気づけば、先ほどまで泣き叫んでいた赤ちゃんも、手を振るお客さんに笑顔を見せるほど、落ち着きを取り戻してた。

 私も、久しぶりの労働に刺激を貰い、全身に活力が漲った。自分のため、誰かのために働くことは、とても気持ちがいい。

 こうしているうちに、不在だった旦那さんも帰ってきた。

 見知らぬ女が店を手伝っているのを見て、とても驚いた表情を浮かべていたけれど、奥さんから事情を聞くと、ありがとうと何度もお礼を言われ、お礼にと昼食に呼ばれることになった。

「あんたが手伝ってくれたから、本当に助かったよ! さ、たくさん食べてくれ!」
「わぁ! 凄く美味しそう!」

 旦那さんお手製の、お店の野菜をふんだんに使った料理の数々に、歓声を上げると同時に、お腹がグゥっと鳴った。丁度奥さんも子どもが寝たからと、同じテーブルについている。

 茹でた野菜を頬張ると、今まで食べたことのないほどの甘みで口の中が一杯になった。

「凄く美味しい! 塩だけの味付けなのに」
「はは、そうだろ? 最近、作物の実りが良すぎるくらい良くてね。どこも作物が採れすぎて困るぐらい、豊作なんだよ」

 旦那さんの話によると、フォレスティ国内の畑で育てている作物が、物凄い勢いで成長し、実をつけているらしい。さらに質も高く、美味しい作物が山のように収穫出来ているのだとか。

 土地に栄養を与え、作物の育ちを促進させる<祝福>の精霊魔法も使っていないのに不思議だと、フォレスティ王国内で大きな話題になっているみたい。
 この間は、精霊魔法を使っていないのにもかかわらず、種を蒔いた次の日に実がなる、という、不可解な現象も起こったらしい。

 あまりにも豊作すぎて大量の野菜が店に入って来たため、急遽、特売日にして、商品を捌こうとしたのが、店前で起こっていた人だかりの原因だった。

「そんなことが……不思議なお話ですね」

 野菜を咀嚼しながら、私はセイリン村で同じことがあったことを思い出した。

 確かあの時も、種を蒔いた次の日、作物が急成長し、実をつけていたのだっけ。まああれは、誰かが精霊魔法を使ってくれたのではないかって話ではあったけれど。

 そういえば、王都エストレアの自然が、やってきたときと比べると、とても生き生きしているように見えたのも、今の話と関係があるのかもしれない。

「それもこれも、きっと精霊女王様の祝福に違いないわ。精霊女王エルフィーランジュの恵みに、心からの感謝を……」

 微笑んだ奥さんが、胸の前で両手を組み合わせた。それを見て、旦那さんも同じように祈りを口にしたので、私も食事を中断して同じように祈りを捧げた。

 食事をしながら、私は聞かれるがまま、自分の話をした。もちろん、私がクロージック公爵令嬢ということや、バリバーリ王家から追放を命じられたことは伏せ、新しい土地で自立した生活を送るため、この地にやってきたと伝えた。

 さすがに因縁のあるバルバーリ王国から来たと聞いた二人は、一瞬だけ眉根を寄せた。

「バルバーリ王国から……やはりあんたも、ギアスを使うのか?」

 旦那さんの言葉に私は大きく首を横に振ると、真剣な声色で答える。

「いいえ、使いません。ギアスは、精霊を捕えて道具にする魔法だと聞きました。そんな魔法……使いたくもない」
「そ、そうか。こんなことを聞いて、すまなかったな」
「いいんです。フォレスティ王国は精霊を大切にする国ですから。ギアスを忌み嫌うのは当然です。とはいえ、私はギアスどころか、普通の精霊魔法すら使えないのですが……」

 キリッと言ってみたけれど、後半の言葉を口にすると、少し情けなくなった。ギアスを使いたくない、と言っても、そもそも私は何の魔法もつかえないのだ。今ひとつ、説得力に欠ける。

 私の言葉を聞き、奥さんが大きく目を見開いた。

「エヴァさんは、精霊魔法が使えないの? 精霊魔法は、効果の大小はあれども、余程精霊に嫌われていないかぎり、使えない人はほとんどいないと聞くわ。私を助けてくれたエヴァさんが、精霊に嫌われるような人だとは思えないわ。もしかして精霊魔法の使い方を、きちんと知らないからじゃないかしら?」
「……え? 精霊魔法の……使い方?」

 フォークから、ぽろっと野菜が落ちた。
 言葉を失う私に、旦那さんも腕を組んで大きく頷いている。

「親などが子に教えるのが普通なんだが、どうしても教えることが苦手な親や、コツをつかめない子どももいてね。だからフォレスティ王国には、精霊魔法を教える場所がいくつもあるんだ。この辺だと、カレイドスという精霊魔術師が開いている教室かな」
「ええっ、そうなんですか⁉」

 初めて聞く話に、私は食事中にもかかわらず立ち上がってしまった。

 カレイドスという方は、フォレスティ王国内ではかなり有名な精霊魔術師ならしい。元々、王宮精霊魔術師として働いていたけれど、精霊魔法が上手く使えないと悩む人々の助けになりたいという理由で辞め、王都で教室を開いているのだという。

 精霊魔法を教えて貰える場が、フォレスティ王国にあるなんて……。

 一応、幼い頃、今は亡きお父様からギアスを使わない精霊魔法を学んだけれど、使えるようにはならなかった。でも教えてくれるのが、元王宮精霊魔術師という凄い人なのだから、そこで学べば、私も精霊魔法が使えるようになるかもしれない。

 期待で胸が高鳴った。

 私の興奮を見て、二人は目を細めた。

「エヴァさんのような優しい方なら、大丈夫よ。きちんと学べば、すぐに精霊魔法を使えるようになるわ」
「そうだな。でも別に精霊魔法が使えないからって、落ち込まなくていいぞ? ギアスと霊具に手を出すより、使えないままの方が何千倍もいい。食事が終わったら案内してやろう」
「ありがとうございます! 精霊魔法が使えるように、頑張って勉強します!」
 
 これでようやく、アランたちに何かあったとき、私も助けられるかもしれない。
 今まで助けて貰った恩を……返せるかもしれない!

(精霊魔法が使えるようになったら……アランに一番に報告したいな)

 まだ使えるようになってもいないのに、私ったら気が早いわ。

 でも湧き上がる興奮を抑えることがどうしても出来ず、不自然に口元を緩ませながら、私は目の前の食事を平らげた。
< 39 / 156 >

この作品をシェア

pagetop