精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第55話 エヴァの提案

 リズリー殿下とマルティと直接対面をすることを決意した数日後、私はイグニス陛下に呼び出された。

 部屋にはイグニス陛下と、

「エヴァ、久しぶり」

 私の素性を知ったあの日から今まで、顔を合わせることのなかったアランが待っていた。色々と対応に追われていたのか、彼の顔には若干の疲れが見える。

 部屋には、護衛も侍女もおらず、私たち三人だけだった。

 アランの隣に座ると、役者は揃ったとばかりに、私たちの目の前にいらっしゃる陛下が背筋を正された。切れ長の青い瞳をさらに細くしながら、口を開かれる。

「エヴァ、アランから君の意思を聞いた。何でも、バルバーリ王国からの使者と直接会い、国に戻らないという意思を伝えたいとのことだが、間違いはないかな」
「はい、その通りです、陛下」

 あの日、マリアに伝えた希望は無事アランを通じて陛下に伝わり、この場が設けられたみたい。

 今になって、やはり全てを陛下やアランに任せた方が良かったのではないか、私がしゃしゃり出ることで、余計にことをややこしくさせるのではないか、諸々の後悔がよぎる。

 だけど自分の自由を守るためにはまず、こちらの意思をハッキリ伝えなければ。

 陛下にご迷惑をかける罪悪感と、迷惑をかけると分かっていても我が儘を押し通そうとする自分の身勝手さに、胃の辺りがキューと締め付けられる。

 申し訳なさから視線を外した私に、イグニス陛下は淡く微笑まれた。彼から発されていた張り詰めた空気がフッと緩む。

「ああ、すまないエヴァ。あなたを責めているわけじゃないんだ。だからそんなに緊張しないで欲しい。あなたがバルバーリ王国からの使者と対面を望むのなら私は――」
「俺は反対だ。会ったところで何も変わらない。会うだけ無駄だし、むしろエヴァを危険に晒すことになる」

 陛下の言葉を、突然アランが強い口調で遮った。
 反射的に隣を見ると、彼は腕を組み、眉間に皺を寄せながら私を見つめていた。

 分かっている。
 私のことを心配してくれているからこその、厳しい言葉なのだと。

 だけど、ここで引くわけにはいかない。
 声が震えないように喉に力を込める。

「でも私は逃げたくないの! 他国に渡ってもバルバーリ王国は追ってくる。彼らに怯えて暮らすくらいなら、私は戦うことを選ぶわ!」
「かと言ってエヴァが姿を現せば、フォレスティ王国にエヴァがいることを公言するようなものだ! 今なら、もう他国に逃げたと言って行方をくらませることだって出来る! そっちの方が安全だ!」
「安全かもしれないけれど、バルバーリ王国の影に怯えて暮らすなんてこと、したくない!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさい」

 言い合いを仲裁する陛下の声が響き渡った。

 思わず声を荒げて反論してしまったことに気づき、慌てて口を閉じると、小さな声で二人に謝罪する。

 陛下は気にするなとばかりに軽く頷かれたけれど、アランは罰が悪そうに視線を反らしただけだった。私の謝罪に応える代わりにカップの中のお茶を一気にあおると、怒りの矛先を今度は陛下に向ける。

「兄さん、この件は俺に一任するって言ってただろ?」
「もちろんそのつもりだし、お前の心配も分かる。だが、エヴァの言っていることにも一理ある。バルバーリ王国から逃げてばかりでは、何一つ状況は変わらない」
「でも他国に逃げている間に、バルバーリ王国は自滅する! あの国が無くなるまでエヴァを隠すべきだ!」
「それじゃ駄目なの!」

 突然横から口を出したことで、驚きに見開かれた二人の青い瞳が一斉に私の方へ向けられた。

 特にアランからは、酷い戸惑いが感じられる。

「エヴァ、駄目だってどういうこと? まさか……バルバーリ王国に戻り、あいつらを救ってやろうだなんて、考えてないよな? エヴァを追放したあの国に、今更情けをかけてやる必要なんてない」

「確かに、私はあの国から追放されたわ。だけど、私を虐げたのは王家とクロージック家であって、バルバーリ王国に住む人々には関係ない。だけど国が弱った時、その被害を一番受けて苦しむのは国民なの。私を追放した元凶たちはのうのうと生活し、関係ない人々が苦しむなんて間違ってる!」

「でもあの国はギアスを使うんだぞ? エヴァが生み出した精霊を、道具のように消費して平気でいられる奴らなんだぞ? 毎日のように響く精霊の悲鳴に全く気付かないような国民性なんだぞ⁉ ヌークルバ関所でバルバーリ王国兵から何をされたのか、エヴァは忘れたのか⁉」

「それは……」

 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。

 でも、バルバーリ王国の国民皆が悪人じゃないはず。だから、アランの言葉を認めるわけにはいかなかった。

 アランはアランで、自身の意見が正しいことを微塵も疑っていない。

 お互いの主張を曲げることが出来ずにらみ合いが続く中、イグニス陛下がパンパンッと軽く手を打った。私たちの視線が陛下に向く。

「二人とも言い合いはそこまでだ。エヴァ、そこまで言うということは、あなたに何か考えがあるのか?」
「はい、あります」

 そう。
 リズリー殿下とマルティに対峙する、と決意したときから、ずっと考えていた。

 全てが上手くいく方法を――
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