精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第98話 会議の乱入者(別視点)

 バルバーリ王国の前王妃であるメルトア・アーリン・ド・バルバーリは、頭を抱えていた。

 孫であるリズリーが、この国の精霊魔法を支えていたエヴァを連れ戻すことに失敗した。
 それどころか、同行したエヴァの義妹マルティの愚行により、フォレスティ王国から追い出されただけでなく、今後一切の入国を禁じられたのだ。

 次期国王として、あってはならない失態だ。

 今まで甘やかされてきたリズリーに、少しでも王太子という立場の重さを知って欲しいとフォレスティ王国に送り出した見通しの甘さを痛感する。

(全てはリズリーを甘やかしてきた息子、そして私を含めた王家の責任だわ……)

 額に手を当てながら、メルトアは鳩尾に重くのしかかる空気を吐き出すと、表情を改めた。

 馬鹿な孫の処遇はどうでもいい。
 今は、精霊女王であるエヴァを連れ戻すことに失敗したことを何とかする方が重要だ。

 彼女がバルバーリ王国に戻らなければ、王国の衰退を止めることが出来ないのだから。

 しかし、

「メルトア様が、あれほどエヴァ嬢とリズリー殿下とのご結婚をすすめていたというのに、そのご意志に反した結果がこれだ!」

 親王家派閥の中でもメルトアを支持する貴族が、国王派――その中でもリズリーを支持していた貴族たちを睨みつけた。

 それがきっかけとなり、会議室は騒然となった。
 国王ヴェルトロの前であるというのに、口汚く罵り合う貴族たちを見つめながら、メルトアは瞳を伏せる。

 ここでどれだけ罵り合っても、責任を押しつけあっても、過去を変えることは出来ないのだ。
 今、滅びに向かう王国を救うためにすべきことは、ただ一つ。

「鎮まれ。国王陛下の御前であるぞ」

 憔悴しきったメルトアの横に座っていた男性の冷たい声が、貴族たちの鼓膜を打つ。

 皆が一斉に口を閉ざし、声の主を凝視した。
 それぞれの瞳には、声の主の存在を忘れていた後悔と恐れが浮かんでいる。

 皆が恐れるのも仕方ない。
 声の主は貴族たちの中でも最も力を持つ人物――北の厳しい地方を治めるランス公爵家の現当主ハインツ・ウィル・ランスだからだ。

 厳しい自然の中で領地を開拓し、戦となれば最も功績を残してきた家であり、突然公爵という爵位を与えられたクロージック家とは違って、今の地位を実力でつかみ取って来た。

 さらに言うなら、メルトアとハインツの関係は伯母と甥にあたる。

 ランス家の力を後ろ盾にすべく、メルトアがバルバーリ王家に嫁いできたという経緯があるため、彼女が退位した今でもなお強い発言権を持つのは、そういった理由があった。 

「今更、過ぎたことを悔いても仕方ない。大切なことは、これから我々がどのような選択をすべきか、ということではないか?」

 一気に静かになった者たちを一瞥すると、ハインツは国王ヴェルトロに視線を向ける。
 ヴェルトロは難しい表情を浮かべながら、傍に控えていた補佐官に尋ねた。

「バルバーリ王国の現在の状況はどうなっている?」
「現在も、精霊魔法が使えなくなった者たちが増え続けています。作物の実りが芳しくなく、このままだと冬を越えるための食料が不足するだろうと。さらに水源の水の減少も止まらないことも、作物の育成に大きな影響を与えております」
「……もし、精霊女王を取り戻すため、フォレスティ王国に戦争をしかけるなら……勝機はどれほどだ?」

 戦争と言う言葉に、メルトアは目を大きく見開いた。
 隣にいたハインツが、冷静な声色で返答する。

「……恵みを失いつつある今の我が国では、難しいかと」

 ただでさえフォレスティ王国には、精霊魔術師というバルバーリ王国には存在しない者たちがいるのだ。
 実力の分からない相手に喧嘩を売るほど、ハインツも無謀ではない。

 戦争の話をする二人の会話に、メルトアが割って入る。

「フォレスティ王国との戦争とエヴァを連れ戻すことは、また別問題でしょう! リズリーの話だと確か、エヴァを無理矢理連れ戻そうとすれば、精霊に報復されるという話だったはずでは?」
「精霊が報復? 馬鹿らしい。どうせフォレスティがでっち上げた嘘だろう。たかが道具に、そんな力も意思もあるわけがない」

 メルトアの言葉をヴェルトロが一蹴すると、賛同するように周囲の者たちも深く頷いた。

 それを皮切りに、貴族たちが口々に自論を振りかざす。
 様々な立場の者たちの意見が交錯する中、誰一人、エヴァの提案を議題にあげる者はいない。

 だがそれは、議論する価値がないからではない。

 皆が恐れていたからだ。

 今の現状を打開できる方法が、エヴァの提案を受け入れるしかないという事実を。
 それを受け入れることで、自分たちが負う不利益から目を背けているのだ。

 このような状況に陥ってもなお、自身の保身のことしか考えていない者たちを瞳に映しながら、メルトアは下唇をきつく噛みしめた。

 話は、エヴァが本当に精霊女王という存在なのかという根本的な内容へと移っていた。
 話の終着点が見えないことに苛立った貴族の一人が、憎々しげに叫ぶ。

「そもそも、エヴァ嬢が精霊女王という確証はどこにある⁉」
「二十五年前に精霊魔法が使えなくなった際、エヴァ嬢が生まれてから精霊魔法が再び使えるようになっている! メルトア様の仰る通り、エヴァ嬢が生まれたことで、彼女から生み出された精霊がこの国に満ちたからだ! この事実が全てを物語っている!」
「ならなぜ今回は、一斉に精霊魔法が使えなくなったのだ‼ それに自然の衰退もだ! 二十五年前でも、始まりはゆっくりだったはず。少しずつ精霊魔法が使えない者たちが増えてはいったが、自然の恵みに関しては、これほど急速に衰退はしなかった! 一体何が違うというのだっ‼」
「バルバーリ国内の精霊がすべて、エルフィーランジュに力を与えられ、霊具から、そして余が作りだした結界から逃げ出したからだ」

 突然、この場にないはずの声色が会議室内に響き、皆の視線が入り口に向けられる。
 その視線を受けながら、乱入者が口角の端を持ち上げた。

「リズリー、今更何をしに来たのです。ここは、お前が来るべき場所ではありません、今すぐ立ち去りなさい」

 乱入者――孫であるリズリーの姿を目にしたメルトアが、静かながらも冷たい声で退室を命じた。
 しかしリズリーはメルトアの言葉に対し、口元の笑みを消し緑色の瞳を細めると、

「黙れ」

 背筋が凍り付くような低い声色で、メルトアの鼓膜を打った。

 今まで聞いたことのない孫の声と、別人かと思われるほどの豹変に、メルトアの背中に恐怖からくる汗が噴き出した。
 
 押し黙った祖母をつまらなさそうに一瞥すると、リズリーは父親であるヴェルトロの元へ進んでいく。そして親であるとはいえ一国の王である彼を、侮蔑を込めた視線で見下しながら鼻で笑った。

「こんな軟弱な男がバルバーリ王国の王とは……失望したぞ。ヴェルトロ・フラン・ド・バルバーリ」
「リズリー、今何を言ったか、分かっているのか⁉」
「気が触れたのですか、リズリー‼」

 リズリーの無礼な発言に、ヴェルトロとメルトアが声を荒げた。
 周囲の貴族たちからも諫める発言が飛び出すが、リズリーは全く意に介した様子はない。

 ククッと喉の奥から笑い声を発すると、威厳を保とうとしつつも息子の豹変に恐れを抱く父親の頭を突然掴んだ。口元から笑みが消える。

「ああ、もちろん分かっている。お前が座るべき場所が、ここではないことをな」

 リズリーが手を離した瞬間、ヴェルトロの身体が前のめりになってテーブルの上に崩れ落ちた。
 髪の毛の間から見える顔は真っ青だが、僅かに背中が上下しているのを見る限り、死んではいないようだ。

 皆が、王を助けるべきだと思った。
 駆け寄るべきだと思ったが、リズリーがどのような手を使って国王の意識を奪ったか分からない以上、動けなかった。

 皆からの恐怖の視線を、まるで心地よいとばかりに受けながら、リズリーはヴェルトロの身体を横に押し倒した。

 身体が冷たい床に落ちると同時に、メルトアが弾かれたようにヴェルトロに駆け寄った。息子の名を呼び、身体を揺するメルトアの姿も声も聞こえていないかのように、空いた席にリズリーが座る。
 そしてテーブルの上に肘をつき、両指をつけると口を開いた。

「では話し合いを続けようか――フォレスティ王国との戦争について」

 その表情には、楽しくてたまらないと言わんばかりの笑みが浮かんでいた。
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