聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました
王太子の計画


 騎士たちが目印の棒を立てた場所に、せっせと魔術で用水路を作っていく。

 貯水池は五つ作り終わり、それぞれの池から用水路を伸ばしていく作業中だ。

 春が終わり夏になって、日差しが日に日に強くなるから、外での作業はなかなかつらいものがあった。わたしがこれだから、せっせと目印の木の棒を打ち付けて行く騎士たちはもっとつらいだろう。



 マクシミリアンは五つ目の貯水池が完成するのを見届けて、司祭様と大急ぎで王都へ戻って行った。

 結婚誓約書のサインは、結局まだしていない。また今度にするとマクシミリアンは言ったけれど、まあそうなるよね、と思ったりしている。まさか身代わりが嫁いでくるとは思わなかっただろうから、わたしと結婚するかどうするかについても協議が必要だろう。



 マクシミリアンは、名残惜しそうな顔をして去り際に「また来る」と言ったけれど、うん、それが社交辞令だってことくらいは、わたしにもわかる。マクシミリアンがもうここに来る用事はない。セラフィーナの手紙だって、到着したらブライトを通して連絡してもらえばいいだけだからね。

 連れてこられるだけ連れてこられて、何もせずにつれて帰られることになった司祭様が気の毒だったけれど、彼は彼で古城の生活が楽しかったようで、帰り際にまた来たいというようなことを言っていた。あれかな? おじいちゃんは王都での時間に追われるような生活より、田舎のスローライフが性にあっているのかも。司祭様は、マクシミリアンにくれぐれも他言するなと念を押されながら、「聖王シュバルツアの壺」で作成した万能薬もほくほく顔で持ち帰っていった。



 そうそう、試験的に「水の浄化剤」と銘打って販売している万能薬だが、今のところ問題は発生していないようで、マクシミリアンから、用水路を伸ばしたほかの村や町にも売っていいという許可が出た。

水に一滴落とすだけという手軽さから、万能薬は大人気で、噂を聞きつけたいくつかの商会が販売させてほしいと連絡を取って来たけれど、それはすべてマクシミリアンが「国の事業だ」と言って突っぱねた。近隣の村や町に販売している万能薬はすべてセバスチャンが販売先や販売数などを厳重に管理しているし、購入して同じものを作ろうと成分分析をかけてもわかるはずがないから、一般市場に万能薬が出回る日は来ないだろう。



 あー、それにしても、暑い。



 暑いからついて来なくてもいいよって言ったけど、アンとミナとセバスチャンは律儀にも毎日ついてきていて、少し離れたところの木陰でつらそうにしていた。

 これじゃあ、用水路が出来上がる前にみんな熱中症で倒れちゃうよ。

 騎士のみなさんなんて、脱げばいいのに暑そうな甲冑まで着ていて、かわいそうになってくる。



 何か涼しくなる方法はないものか。

 うーんと考えたわたしは、ぴこんと閃いた。

 道にあると邪魔だけど……、用水路の中ならいいもんね?

 わたしは目を閉じて頭の中でイメージを固めて、魔術を使う。ドンッと音を立てて、用水路の中に巨大な氷の塊が現れた。



「⁉」



 みんなが目を丸くして、作ったばかりの用水路の中を覗き込む。

 深さ二メートルもある用水路から頭を出すほどの巨大な氷の塊。ああ、近くに行くだけでひんやりと涼しい。最高。

 わたしが氷の塊の側に座って涼みながら、少し休もうといえば、みんなわたしに習って氷を取り囲んだ。



「またとんでもないものを……」



 アンがあきれた声を出したけれど、暑かったのは彼女も一緒で、氷に手のひらをつけて「冷たい」と笑う。

 だって、氷の塊があるだけでもかなり違うでしょ。氷が解けても水になるだけだし、量的にも用水路から溢れ出すほどのものでもない。

 風が吹くたびにひやーっと冷気が舞って気持ちいい。



 ブライトが護身用に持っていた短剣を取り出して、氷の塊をカンカンと叩き、氷の塊から一口サイズの氷を割り取って、口の中に入れる。

 それを見た騎士たちが揃って真似をしはじめた。

 アンとミナが羨ましそうにしたのがわかったので、水を飲むために持ってきていたコップの中に、小さな氷を作って差し出す。



「冷たくて気持ちいいですねー」



 ミナが口の中に氷を入れて、嬉しそうに微笑んだ。



「お城にもほしいですね、氷」



 この世界には冷凍庫なんてないから、氷はとても貴重なものだ。冬の間に湖の表面に張った氷を切り出して、氷室で貯蔵し、夏になって溶け残っていたものを運ぶのだけど、量が限られるからとても高い。



 ……そうか。氷って儲かりそうね。



 今まで思いつかなかったけれど、氷を低価格で販売したら、すごく儲かるのではなかろうか。ニヤリと笑ったわたしに気が付いたアンが、「またろくでもないことを考えている」と言わんばかりの顔をしたけれど、はい、その通りです。



 古城に帰ったらセバスチャンに相談して、村や町で氷を販売してみよう。小さな塊ならすぐ溶けてしまうけれど、ある程度の大きさの塊を、それこそ今やっているみたいに用水路にどーんと作ればそこそこもつと思う。

 城の用水路にも作っておいてあげよう。



 氷の周りで十五分ほどの休憩を取ったあと、わたしたちは用水路作りを再開した。用水路を作って、氷の塊を出して休んで、また作っての繰り返し。氷の周りで涼めるからか、騎士たちもさっきより動きがきびきびしている。適度な休憩は作業効率を上げるって言うけど、氷の力も加わったからか、すごいねみんな。さっきまで疲れた顔をしていたのに、なんだか楽しそうだよ。

 ちなみにわたしが各所にドン! ドン! と作った氷の塊はなかなか解けずに解け残って、氷があると聞きつけた近くの村人がわらわらと集まって来ては、わたしたちが帰ったあとで村までせっせと持ち帰ったらしい。

 そして、それからというもの、用水路工事をしている周辺には氷があると噂が広まって、用水路を作っているわたしたちの周りに見学者がぞろぞろと集まりはじめてしまった。



 みんなそんなに氷が好きかー!



 わたしが大盤振る舞いであっちこっちに氷の塊を作ると、みんながせっせと砕いては運んでいく。大人にくっついてきた子供たちが氷の山で遊びはじめるし、なんだかとても賑やかだ。

 それを見たセバスチャンが目を細めた。



「今年の夏は、クリスティーナ様のおかげで随分とすごしやすいものになりそうです」



 わたしはたいしたことはしていないけど、みんなが楽しそうなのは見ていて気持ちがいいね。

 わたしは氷の塊を落とした水を飲み干すと、みんなの楽しそうな笑い声に元気をもらって、いつもよりちょっぴり多くの時間、用水路を作り続けた。


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