聖女の身代わりとして皇帝に嫁ぐことになりました
 ※※※


 蝋人形のようなメイドは、黒髪の方がアン、二十一歳。茶髪の方がミナ、十八歳。



 どちらもわたし付きのメイドらしい。

 必要ならマクシミリアン皇帝に行って侍女を雇うとセバスチャンは言ったけれど、侍女を雇うような無駄遣いは致しません。メイドの倍以上も月給を持って行くような侍女を雇ったら、城の改装に宛てる予算が目減りするじゃないの。却下。



 セバスチャンに予算の大半を使って派手に城を改装すると言ったら渋い顔をされたけれど、これはわたしにとっての死活問題。絶対に譲りませんよ。

 わたしが絶対に引かない姿勢を取ると、セバスチャンもあきらめたようだ。わたしが無駄遣いしてわたしに使うお金が減っても、自業自得だと思うことにしたのかもしれない。でも大丈夫。別にお洒落に興味なんてないから、服や宝石に使うお金なんて必要ないもんね。つーか、コルセットで締め上げたり、クリノリンをつけて膨らませたりして、息をするのも歩くのも一苦労なドレスなんて願い下げよ。



 お城の大改造を宣言したわたしは、さっそく何を購入するか、紙にせっせと書き出していく。

 真っ先に取りかかるべきは、誰が何と言おうとわたしの部屋だ。だってお化けが怖くて熟睡できないから! 何が何でも急いで明るい部屋に変えるのだ。シャンデリアを取り外して違うものに変えるのは大変だという理由で、これを残しておくことになったのは残念だけど。

 カーペット、カーテン、ベッドシーツにソファに机に本棚などなど、全部入れ替えると言えばさすがに止められたけど、別にさ、そんな高級家具がほしいと言っているわけじゃないのよね。



「近くの町で、安いけどいいものを扱っている商会の人間をいくつか連れてきてくれない?」

「……安い、ですか?」

「そうよ。悪い?」



 セバスチャンは解せない表情を浮かべたけれど、すぐに指示に従ってくれる。

 セバスチャンが出て行くと、わたしはと蝋人形メイド二人に向きなおった。



「それから、アンとミナ。ピンクと水色と黄色とライトグリーン、どれが好き?」

「……ご質問の意味が解りかねます」



 短い沈黙の後、アンが表情を変えずにわたしの意図を訪ねてきた。

 わたしは購入リストをせっせと作りながら答える。



「メイドたちの服を買うの。その真っ黒いメイド服、怖くてやれないわ。このお化け屋敷の雰囲気に合いすぎ」

「そういうものですか?」

「そういうものです」



 アンはほんの少しだけ眉間にしわを寄せた。気分を害してしまったのだろうかと思ったけれど、隣にいたミナが小さく吹き出すと、つられたようにアンの表情も一変した。

 二人が笑っただけで、部屋の雰囲気が倍くらいに明るくなった気がする。



「失礼いたしました」



 すぐにアンとミナは表情を引き締めたけれど、蝋人形よろしく無表情でいられるより笑われた方がずっといい。



「普通にしてていいわよ。その格好で無表情で立たれたら、正直言って怖いし」

「……怖い、ですか?」

「うん。すっごく怖い。っていうか、わたしのことがそんなに気に入らないのかしらって思う。気に入らないのかもしれないけど」

「そんなことは……」

「ないなら少しは笑ってほしいわ。あ、で、何色がほしいの? いろいろ買わなくちゃいけないものをまとめないといけないから、できれば早く決めてほしいわ。何なら全色でもいいわよ。洗い替えがいるでしょ? でも暗い色は却下。怖いから」



 言いながら、わたしはせっせとほかに必要なものを書きだしていく。

 城の壁紙を全部張り替えるといくらぐらいかかるのかしら。出来れば全部張り替えたいけど、お金も時間もかかりそうだし、取り急ぎよく使う玄関とダイニングと廊下だけにしておこうかしら。

 うーん、結構予算はあると思ったけど、こうして書きだしていくと、ちょっと心もとない気もしてきたわね。

 マクシミリアン皇帝も、まさか城の内装をごっそりやり返るとは思わなかったでしょうから、多分固定費のほかにわたしの服飾代金を上乗せしたくらいの予算配分だろうし。

 って考えると、わたしの服飾代にどれだけ金がかかると思っているのかしらとびっくりするけど、まあ、聖女なんてちやほやされて育った女だからこのくらいの贅沢は仕方がないって思っているのかも。



「……お金がたりない……かも」



 わたしが買いたいものリスト書きながらそれにかかりそうな金額をざっくり計算しつつぼそりとつぶやけば、アンとミラがギョッとした。お、いいわね。表情が出てきたじゃない。



「足りないんですか⁉」

「うん。内装費って結構かかりそうだし」

「……内装をやり替えなければいいのでは?」



 ミラが遠慮がちに訊ねてきたが、そこは何としても譲れない。ぼろを着ろって言われたって嫌なものは嫌だ。



「嫌よ。お化け、怖いもの」

「お化け?」

「出そうじゃない、ここ。だからいや」



 言っておくけど、わたしのお化け嫌いを舐めない方がいい。お化けなんて見た日には、城の隅々にいきわたるような大音量で悲鳴を上げて駆けずり回り、パニックを起こして花瓶やら窓ガラスやらを割って回る自信がある。

 わたしがどや顔でそう宣えば、アンとミラが揃って笑いだした。

 蝋人形が人間に進化した気がして嬉しいような気もするけど、この様子だと二人とも絶対信じていない。



「ともかく、内装は絶対にやり返るわ。……でも、それでほんとに予算使いきっちゃいそうなのよね」



 もちろん固定費には手を出さないけれど、ここで全部使い切るのはあとあと不安。

 わたしは立ち上がって、何気なく窓から外を見下ろした。

 広い庭。でも荒れ放題で、何も植わっていない。

 あーあ、あれだけ広ければ、いろんなものを植えられ――ん?

 なるほど、この手があったか!

 わたしはアンとミラを振り返って訊ねる。



「ねえ、あの庭のわたしのものよね? 好きしていいのよね?」

「もちろん、そうですが……」

「庭師はまだ、雇っていない状況でして……」



 庭師? そんなものはいりませんよ。

 わたしはニヤリと笑う。

 メイド二人はわたしの笑顔に何か嫌な予感を覚えたようで、ひくりと口端をひきつらせた。



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