隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)






・・・






「彼氏できたんだって」

「っていうか、いなかったんだ。あ、そういえばさ……」


ある日の退勤時。
「お先に失礼します」には反応がなかったから、そんな雑談を背に一穂くんと外に出た。


「……あのさ。聞いてみたかったんだけど」

「うん? 」


エレベーターを降りて、エントランスの自動ドアが開いたか開かないか、右手を取られた。


「あ……」


社内か社外か、微妙なところ。
どっちにしても、他の従業員がたくさん出入りする場所で触れられ、目が泳いだ。


「相談してくれないのは、どうして? ……俺、ちょっと待ってみたんだよ。碧子さんから言ってくれるかなって。でも、寂しすぎてもう待てない」


ちょうどドアのところで、しかも二人手を繋いで立ち止まられ、後ろの人が咳払いをして狭そうにしながら追い越していった。

一穂くんが手を――指先を掴んだのは、今は手を繋ぎたかったんじゃなくて。
気になってるのがそれ(・・)だって、示す為だって分かってる。


「碧子さん……。……だね。歩きながら話そっか」


さすがにドアの真ん前は邪魔だし。
でも、本当はただ、私が手を繋いでいたかっただけ。


「……見た、よね」

「見たよ、もちろん。俺、碧子さんの投稿、めっちゃ追ってるって言ったじゃない。あれ、ガチだから」


もうさすがにそんな必要ないでしょって、あの時思ったことを繰り返したくなったけど、今は出てこない。
せっかく、一穂くんがわざと軽い調子で言ってくれたのに、彼にどう思われるのか不安で、胃がきゅっと悲鳴を上げてるから。


「……ネイル。可愛いけど、碧子さんには珍しいデザインだなって、気になってた。別に禁止されてるわけじゃないけど、仕事用にシンプルにしてるんだろうなって思ってたから」


本当によく見てるな。
周囲の状況とか、敏感に感じ取れる方だもんね。


「あのアカウントも。いつかの鎖骨以外は、碧子さん絶対何も映り込まないように写真載せてたはずなのに。すごい違和感だったんだ。ネイルの、それもパーツ? って言うの? 色塗ってるだけじゃなくて、何か特徴あるところがわりとしっかり見えたの」


次に言われることも、もちろん分かってる。
一穂くんなら絶対気づくなって、承知の上だ。
隠してるわけもなくて、寧ろ気づかれたかったはず。


「あれ、わざとだよね? もしかして、この前の俺のことも……あれも、俺のお願い聞いただけじゃなくて、匂わせ、みたいなやつだったりする? 」


なのに、包まれた手の中で、指が跳ねた。


「……うん」


嫌な女だ。
せっかく、一穂くんは喜んでくれてたのに。
自分のことに利用するなんて、最低――……。


「やっぱ、そっか。……で? なんで言ってくれなかったの。結構、悩んだんでしょう? ……まだ、頼ってもらえないんだ」

「……え……? 」


恐る恐る見上げると、思っていたのとは違う顔だった。
怒ったり、幻滅したというより、その歪み方は。


「もっと、信用してよ。何度も言ってる。俺は碧子さんが大好き。そんなことで軽蔑したりしないし、俺にとっては碧子さんの指先が映ってただけ。今だって見てるよ。……ってか、それそのものよりも意味が知りたくて」


――今日一日、その指、ずっと見てた。





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