隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)






「……一穂くん……」


その声で呼ばれるのを、どれほど夢に見ただろう。
いや、それすらできなかった。
なぜって、彼女がどんな声をしてるかなんて知りようがなかったから。


「甘えんぼ。ここにいるって、碧子さんだって分かってるのにね。まだ。……っ、碧子さん」


そんなからかいにも、抵抗も否定もしてこない。
ベッドの上、終わり際は特に、碧子さんは素直だ。


「碧子さん? おーい。……あれ」


(……え、やっちゃった? )


彼女が達したのを感じたきり、反応がなくなって焦る。
ぐったりして、目を開けてくれなくて。
夢中になりすぎた俺が、気づかないうちに本気で壊しちゃったんじゃないかって。
口元に耳を近づけて、呼吸を確かめてほっと息を吐いた。


「……もう。へこむんだけど」


(……疲れてたんだよな。無理させてごめん)


口ではそんなことを言いながら――それも正直事実だけど――意識のない彼女の髪を、そっと掻き分けた。
髪に神経がないなら、肌に触れなければ起こさないで済む。
そう思った矢先、額にキスとかしようとしてる自分と。
まだ元気な自分に苦笑して、ゆっくり碧子さんから離れる。


(さすがにね。睡眠はないでしょう)


きっと、怠いの言い出せなかったんだろうな。
あんだけ好き好き全開で、帰り着いたとたん、バックハグ? ってやつでおねだりされて。


(……まじ、ドーブツ……)


「ごめんね」


床に落ちかけたブランケットを拾って、そっと彼女の上に掛ける。


「……ん……」


ふわふわのブランケットは、さっきよりもずっと肌触りがいいだろうに。
眉間に皺を寄せて、嫌嫌するようにこっちに転がってきた。


(可愛いことしてくれちゃって)


しかも、無意識。
すぐ側にいるのに、重なってないと寂しい――そんなふうに都合よく解釈した身体が、どうにか堪えたはずのそれを思い出させようとする。


「はー……」


溜息を吐いて、意識を無理やり別のものへと移す努力をしてみると、今朝慌ててたのか、乱雑に置かれた化粧品が目に入った。
よく分からないけど、恐らく何かの美容器具みたいなものとか。
家を出る時に蹴飛ばしたのか、筋トレ用のマットもここから見えた。

小分けされた収納ボックスは几帳面で。
それをわりと雑に扱っちゃうのは、大雑把で。
正反対だけど、その二つが同時に存在してるのは、すごく碧子さんらしい。


「……無理しなくていいのに」


(やっぱり……年齢、気にしてんのかな)


努力家のところは、会う前から知ってた。
それもすごく頑張ったに違いないのに、まだ続けてるのは彼氏が年下だからなんだろうか。
それも、ひとつふたつじゃなくて、結構離れてるから?


「俺といるからって……俺だからこそ、そんなに気張らなくていいんだよ。疲れちゃうでしょう」


起こしちゃダメだって小声になるのに、どうしたら伝えられるのかばかり考えてる。


「そんな壊し方、したくない。ね……愛してるって、ちゃんと分かってる……? 」


狂った頭が、今更治るはずない。
彼女が不安になることを理解はできても、いまいちピンとこないのはそのせい。


「もしかして、まだ俺にもまともな部分もあるかもって思ってんのかな。治るもんなら、とっくに治ってる。そんなことなら、あんなことしてないって。だから……」


――安心して。


「あれから、ここまできてんだよ。……おまえにハマって、もう絶対、正常な人間には戻れないんだからさ」






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