突然ですが、契約結婚しました。
主任の実家挨拶、関西、とペンを走らせたところで制止が入る。顔を上げると、眉間に深い皺を刻んだ主任と目が合った。

「なんですか」
「なんですかって……。うちはいいですって言われて、はいわかりました、とはならないだろ。曲がりなりにも、結婚の挨拶なんだぞ」
「……いかにも上司、みたいな言い方しますね」

それに、実に真っ当な家庭で育ってきましたって感じの返答。自分の声に、険が籠るのがわかる。

「うちは、結婚の報告をして祝われるような、そんな家庭じゃなかったんで。親は随分前に離婚してますし、どちらともここ数年会っていないので、報告は不要です」

突っ込まれる隙を与えまいと、矢継ぎ早に言葉を投げた。
それを受けた主任は、眉を顰めたまま難しい顔をしている。何か言いたげな空気は察知しつつも、それ以上は踏み込んではこない。

よかった。思い出してくれたみたい。
私達の結婚には、パーソナルスペースに踏み込む必要性も、権利もないということを。

「主任のご実家への挨拶はしっかりとさせていただきますので、ご心配なく。ご友人への紹介なんかも必要でしたら、都度教えてください」

私がにっこり笑いかけると、主任は難しい顔のまま小さく顎を引いた。


火曜日の朝、オフィスが揺れた。

「私事で恐縮ですが、私達、柳瀬と小澤は入籍致しました」

朝礼にて。前日に報告を済ませていた所長による声がけで、一歩前に出た主任が震源だ。
隣にいた私も、慌てて前に出る。

「仕事はこれからも変わらず続けて参ります。未熟な私達ではございますが、今後とも、ご指導ご鞭撻お願いいたします」

言葉を挟ませる隙を与えまいと、やや駆け足な主任。私も、それに合わせて深く頭を下げる。
それでも、つむじに感じるのは両手では足りないくらいの困惑と驚き。寝耳に水。青天の霹靂。そんな言葉が、そこかしこで飛び交っている。
ある程度覚悟はしてたけど、うーん、居た堪れない。

「以上です。お時間ありがとうございました」

強い口調で話を切って、主任による一方的な報告は誰の発言も許さないままに強制終了となった。


「どういうこと?」

眉間にふかーい皺を寄せて、詰め寄ってきたのは湯浅だ。朝礼が終わるなり近付いてきて、認識したと同時に腕を引かれて廊下に連れ出された。
想定内とはいえ、いざ詰め寄られると慄いてしまう。

「私、夢でも見てんの? 小澤と柳瀬主任が結婚とか、何かの冗談?」
「わー……予想した通りの言葉だァ」
「ふざけないで」
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