叶わぬ恋ほど忘れ難い
「……奥さん、綺麗な人ですね」
呟くように言うと店長は、景子さんが消えた方向をちらりと見て苦笑し「かもね……」と返事をした。
かもね、だって? この人の目に、あの美女は一体どう映っているのだろう。はたから見れば長身の美男美女夫婦で、見かければさっきの亜紀ちゃんのようにぽっかりと口を開けてしまうだろう。
なんにせよ、背もそこまで高くなければ色気もなく、黒髪をポニーテールにし、スニーカーが絶望的に似合わないわたしより、彼の隣が似合っている。
「仕事中に悪いね。昨日倉庫に運んだ段ボール、姉妹店に届けるために取りに来たんだ」
そしてあの美女の夫は、今日も今日とて仕事をしている。休日くらい仕事を忘れて、夫婦水入らずで過ごせばいいのに。
言おうとして、やめた。昨日の失言を思い出したからだ。
「お疲れさまです」とだけ言うと、店長も「うん」とだけ返して、倉庫に向かって行った。
ピアスを、開けたくなった。
どうしようもなく開けたくて、休憩中にすぐ隣にあるショッピングモールに駆け込んで、閉店ぎりぎりの時間に、軟骨用のピアッサーを買った。
誰に開けてもらうかはもう決めている。店長だ。店長しかいない。
そしてその翌日のスタッフルームで、渋る店長に頼み込み、わたしの左耳の軟骨に、新しいピアスホールが開いた。
恋い焦がれた相手に、この恋を終わらせてもらおうとしたのだ。
今まで通りなら、これで心のもやもやが晴れるはずだった。けれど今回は上手くはいかなかった。このもやもやも、恋心も、治まりはしなかった。
むしろ、ピアスホールを開けてもらうときに少しだけ触れていた、あの人の大きな手や体温を思い出し、じくじくと心が痛む。
少しでも気を抜けば、わたしの雌が暴れ出し、あの人の体温を欲しがる。
そしてわたしは思い知らされる。
本気の恋は、一生わたしの中から消えてはくれないのだ、と。