叶わぬ恋ほど忘れ難い


 動揺を悟られないよう、素直にわたしの胸にやって来た日菜ちゃんをしっかり見つめる。日菜ちゃんは天使の笑みでわたしを見上げてから、さっき店長にしたのと同じように、わたしの胸に顔を擦り付けた。
 ぐりぐりと胸を往復した小さな顔は、谷間で落ち着き、静かになった。

 それを見て浅野さんは、声を上げて笑う。

「崎田さんは私より胸も大きいし、いい匂いがするから、安心して眠ろうとしているみたい」
「ええ? 食事して来たんですよね? お腹がいっぱいで眠くなったのでは?」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないね」
「ええ?」

 それからしばらくの間、お客さんがいないのをいいことに、日菜ちゃんを抱っこしていた。
 浅野さんと旦那さんは、店長とわたしに愛娘を預け、急いで目当ての本を探しに行った。

 日菜ちゃんの心地の良い重さを感じながら、健やかな寝顔を幸せな気分で見つめていた、とき。
「こうしてるとさ」と。店長が静かに口を開く。

「家族になったみたいだね」
「え?」
「俺らのことを知らない誰かから見たら、家族に見えるのかな」

 この言葉にも、深い意味はないだろう。天然のタラシの、ただの雑談だ。
 しっかりしろ、惑わされるな、と自分に言い聞かせながら、首を横に振った。

「見えないと思いますよ。ここは古本屋の店内で、店長もわたしもスタッフのエプロンを着けていますからね」

 言うと店長は、特に気にする様子もなく「だよなぁ」と同調した。わたしに刻まれていく、無数の傷跡にも、まるで気付かないように。


 浅野さんご夫妻の帰り際、帰りたくないと駄々をこねる日菜ちゃんを抱き上げる店長を、レジカウンターの中で買い取り査定をしながら視界に入れた。

「そのうちまた、パパとママと一緒においで。そしたらまた抱っこしてあげるから」

 日菜ちゃんは嬉しそうに笑って、店長の頬に自分の頬を擦り付けた。
 この人は本当に天然のタラシだな、と思いながら、買い取り査定終了のアナウンスをするため、マイクを手に取った。


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