島津くんしっかりしてください
「どうしたの? 何かあったの?」



「……ははっ。何でもないよ? 雨に濡れてぼーっとしちゃっただけ。傘持ってきてくれてありがとね、助かったよ~」









光を映さない瞳のまま、顔中で笑顔を表現する真見さん。









いつもの機械じみた表情よりも苦し気で、いささか人間らしい表情。






いつも、仮面のような笑顔が崩れることを願っていた。









それなのに、なんだこの虚しさは。






俺は、真見さんをこんな顔にしたかったわけじゃない。






「真見さん……誤魔化さないでよ」






溢れた感情は、怒りではなく、悲しみ。






それを受けた真見さんは口を閉ざす。












「……それじゃあ、どうすればいいの」






感情の乗った、掠れ交じりのウィスパーボイス。






すっと真っ暗な瞳でこちらを見据えていて。






そこに滲んだのは、苛立ち。






それを見て、俺は気が付いた。





真見さんは放心状態なんかではなく、ただ強い怒りを隠していただけなのではないかと。



真見さんの瞳は、静かな深海ではなかった。





真っ暗な、高熱の炎。









でも、それに怯むことなんてできない。






琴音ちゃんに、頼まれたから。











「……教えてよ」



「……」



「真見さん……」



「…………る、さい」



「え……」






絞り出すような、弱弱しい音。






それをため息と一緒に吐き出して、真見さんはこちらを睨みつけた。










「うるさい!」



「っ……」



「関係ないじゃない……ただの他人が、足を踏み込んでこないで……ッ!」



「真見さ……」



「何が知りたいよ、何が教えてよ! 他人でしょ!……っ私に、構わないでよ!」






そう叫んだ真見さんの顔は怒っているのに、どこか泣きそうに見えた。






でも、その真偽を問う前に、真見さんは傘から一歩出て、こちらを振り返った。









「……お願いだから」






その頬を伝ったのは、雨だったのか、涙だったのか。









……俺は、何も言えずに、ただ立ち尽くすことしかできなかった。






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