全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

彼にとって予想外の知識を持った彼女と、嬉しくなった彼女

 ヘイワード侯爵領の主要産業は農業だった。
 温かい気候に恵まれ、稲や野菜を中心に収穫されている。
 ただ、この領地の半分を占める沿岸部の土地は、夏には雨がほとんど降らず、乾燥した気候の為、収穫できるものが限られている。
 この国でも、夏の降雨量が少なく温かいこの気候はヘイワード侯爵領だけに限られるとても珍しいものだった。
 それでいて、この領地の中でも、沿岸部から離れると打って変わって、他の領地と同じような気候に変わる。
 約5~6年程前までは、乾燥する土地では十分な収穫が見込めないながらも、夏はトマト、冬は稲を育てて収入を得ていた。
 けれど、先代の侯爵家当主が、この地に適した、ぶどうや柑橘類、オリーブ、コルクがしを植えるよう領民たちに指示をして、多くの木を植え始めたところで亡くなった。

「アベリア様はここまでの話を聞いて、どのようにご判断されますか?」
 正直なところ、アベリアの判断には全く興味のないデルフィー。
 気まぐれな侯爵夫人は、この後、的外れな事を言うだろう。
 期待などしていないから、それでよかった。自分は適当な相槌を打ち、侯爵夫人の気分を良くさせて、この無駄な時間を終わらせるつもりだったデルフィー。

 けれど、そのすぐ後に、その予想を覆す返答がアベリアから告げられた。面食らったデルフィーは、目を丸くして彼女の話を聞いた。
「その当時に植えた木は、そろそろ果実を収穫できる程に成長している頃かぁ。――コルクがしを一緒に植えたと言う事は、ぶどうはワインに加工するつもりで、食用には不向きなものかもしれないから、収穫するだけじゃ売れないかもね。それに、オリーブだって加工してからでないと売れないから、加工用の機械が必要だけど、先代が亡くなって、それがどうなっているのか気になるところだわ」
 デルフィーは、自分は貴族夫人のお遊びに付き合っているだけだと思っていたのに、何も知らない領地の事について、断片的な情報で言い当てるアベリアの事に深い興味を抱いた。と同時に、彼女のことを見くびっていた事を恥じていた。

「流石です。私も先代から直接話を聞いたわけではありませんが、おそらく領民が動き出すのを確認して、蓄えた資金で工場を作る予定だったのでしょう…………」
 その先は、聞かなくても理解したアベリア。ヘイワード侯爵は、その資金の全てを、ヘイワード侯爵が他の事業経営がうまくいかず失っていたのだから。

「えっ、じゃあっ! この領地の半分は販路のない農産物の育てさせられて、この何年も、そのまま放置されてるの⁉」
 この領地の問題を分かち合える人物が現れることを長い間求めていた自分にとっては、今、目の前にいる侯爵夫人の存在は大きな喜びだったデルフィー。
 半面、この目の前の女性の夫。現ヘイワード侯爵のせいで、今からでは挽回できないほど、この領地の事態は悪化している事を憂いていたデルフィー。

「アベリア様が、もう数年早くこの地に来てくれていれば、状況は変わっていたかもしれませんね。全てお察しの通りです。この領地は資金も時間も全て手詰まりです。乾燥地域の半分を占める農民が、生食用に向かないぶどうの木を植えています。ワインなんてものは醸造に時間がかかり過ぎます。収入を得られるまで待っていては、この地の民は路頭に迷います」

 希望の色を見せないデルフィーとは裏腹に、アベリアは自分に出来そうな事を、いくつか思い浮かべ、これまで感じた事のない期待に胸躍らせていた。

 デルフィーの目の前で、それが披露されるのは直ぐ先の話。
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