全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

彼は、彼女の全部を甘やかす

 王都の邸でアベリアとデルフィーが暮らし始めてから、少しずつ使用人達の態度は変化していた。

 夫の葬儀も放り出し、突然消えた先代当主の妻。
 そんな彼女が、お腹を大きくして現れた。
 従者達は、アベリアが戻って来た事に戸惑い、冷ややかな目をしていた。
 でも、この邸で1番偉いはずのデルフィーが、妻だけに態度が全然違う。妻には、まるで従者のように接する当主。
 そんな姿を見ている彼らは、アベリアへ適当な態度を取れるはずは無かった。
 従者達から自然と、自分の為に要望を言わないアベリアの事を、気に掛けるようになった。
 以前は、アベリアの化粧に違和感を感じながら施していたメイド。今は、彼女の美しさが映える化粧をするようになった。

 ケビンが亡くなった時に、アベリアの妊娠を気にしていた執事。その彼は、女性を下に見る癖がある。
 当主が「自分の子」と主張するお腹の子は、生まれて見れば、デルフィーにそっくりだったし、以前の当主にも似ていた。
 彼には真実が分からなかった。
 彼女の不貞を気にすれど、全て丸く収まる、デルフィーの子どもだと納得していた。
 そして、侯爵夫婦がソファーに並んで、経営について話す姿を見れば、アベリアをただ称賛するだけで、本当に何も言えなかった。
 もし、その執事が「やはり、あの時はご妊娠されていたんですね(誰の子ですか)」など言われたら、真面目過ぎるアベリアは気にしていたかもしれない。

 ****

 2人の間に生まれた男の子も1歳を過ぎていた。

 お腹の中に宿った子どもが、歩けるまでに成長する時間をかけ、アベリアが作りたかったワインが出来上がった。
 それは、アベリアが美味しいと思える、フレッシュでフルーティーな味のワインだった。
 そして、グラスへ注げば細かく弾ける泡が美しかった。
 この日の侯爵夫婦は、そのワインを一番先に味わっていた。
 夫婦の寝室で、2人ベッドに腰かけて。
「このワインを全部父へ売るなんて、本当にいいの? 侯爵領から直接売った方が利益になると思うけど」
「いいんですよ。この領地は多少の利益を失っても、困ることは無いから。だって、オリーブはここだけの貴重なものなのに、私の知らないうちに、アベリアが領地中で評判の石鹸を作って、お金に換えてますからね。リンゴもジュースにしたことで利益が上がって、あなたの化粧水まで増えましたから」
「それは分かるけど」
「正直なところ、あのワインは貴重過ぎて、ここから売り出すのが怖いんです。どうしてアベリアが、あの作り方を知っていたのかは分かりませんが、製造方法を誰も知らないワイン。そんなものを、この領地から売り出して、あなたや領民たちが危険に晒される方が怖いですから」
「うーん、じゃあ、父も……」
「あははっ、貿易を手掛けている、あの男爵のことです。きっと、上手に売ってくれますよ。それに、男爵はこの事を分かった上でも大変喜んでいましたから。アベリアに、とても感謝してました。商談であなたに会える事を楽しみにしていたようで、あなたを連れて来なかった事を怒られましたから」
「父が……」
 そう言って、はにかむアベリア。
「近いうちに男爵自らワインを取りに来るから会えますよ。でも、男爵が来る前に、私たちの分はきちんと除けておきましょう。アベリアに飲んでもらう分が無くなりますから」
「……少しだけでいいから」
「それだと私の気持ちが……」

 アベリアとデルフィーは、いつも互いに寄り添って寝ていた。それは、妻を溺愛する夫が、妻を慈しむ為の、愛の営みも含めて。

 愛し合う夫婦の営みは、いつも妻の悦ぶ声が響いていた。
 でも、アベリアが一番淫らに叫び、快楽に溺れていたのは、2人が初めて結ばれた日だった。

 デルフィーは、アベリアが欲望のまま快楽に溺れ、自分を求めて乱れる姿を、もう1度見たくて仕方がなかった。
 全身で素直に悦び、魅惑的なアベリアの表情が見たいデルフィー。

 今日の夫は、妻へ、あの時と同じワインの味がする口づけをした。
 いつもより、情熱的にそれに応える妻。
 アベリアが感じるところへ、デルフィーの唇が触れる。
「ぁあっ」
 いつもより、少しだけ敏感に感じる妻。
 でも、欲望のままの姿で、乱れることは無かった。
 アベリアはすっかり、ワインの味が分かる女性になっていた。
 夫のペースに合わせてワインを嗜む妻は、ワインに酔って自分を失うことは無かったから。

 残念ながらデルフィーは、自分を誘惑してくるアベリアの姿を、もう2度と見る事はない。
 アベリアは夫の考えている事は、何となく分かっていた。
 頭では分かっても、いざ口にしようとすると、言葉に詰まってしまう自分。
 酔っていない冷静なアベリアには、恥ずかしくてもう出来ないことだった。
 デルフィーは、自分の気持ちを言えないアベリアの事を分かっているから、それでも気にする事は無かった。
 それに、妻を悦ばせる為に、夫が困る事は何も無かったから。

 アベリアがして欲しいことは、あの日、酔い過ぎて自分を失っていた彼女の口から、ちゃんと全て吐き出されていたのだから。
 だからデルフィーは、アベリアの求める事も、妻が快楽を感じる場所も全部を知っていた。
 アベリアが静かに見とれていた、デルフィーのしなやかな指で、魅惑的な唇で妻を溶かす。
 侯爵夫婦の営みは、妻がして欲しいことを言葉にしなくてたって、いつもアベリアの悦びの声が響いていた。

 妻の無言の願いを、いつだって、余すことなく夫がしている。
「ぁあっ。デルフィー……愛してるっ」
 妻を深く愛する夫によって、アベリアは淫らに乱れ、嬌声を上げ続いていた。


 密かに……。
 アベリアの纏う香りは、初めての夜とは変わっていた。
 あの夜は、リンゴのような甘い香りのアベリア。
 だけど今は、アベリアがいつもお守りとして胸に仕舞っている、ほんの少しスパイシーな香りだった。
 アベリアがずっと大切にしていたのは、デルフィーと一緒に採った赤い小さな香辛料だった。
 あの夜とは違う、大人の香り。
 でも、そんな微かな香りを感じられるのは、アベリアの胸に口づけを許される夫と、もう1人の宝ものだけ。
 アベリアは、デルフィーとの秘密の香りを纏い、執事のような侯爵に、ただ素直に甘えさせられていた。

「アベリアは、もっともっと、素直に甘えてください(愛しています)……」


 世界中でも珍しい気候を有したヘイワード侯爵領。
 破産寸前だった侯爵家は、気が付けば、この国一番の裕福な領地となり、侯爵夫婦は平民からも貴族からも尊敬される存在へと変化していた。
 それはこの後もずっと……サフランの香りのする妻を、侯爵が愛している限り続いていく。

 【本編完結】



 ★次章予告★
 逃げた雌ネズミのざまぁ編

 全てを失った愛人の奮闘 ~悪事は全部かえって来て、愛しの侯爵に捨てられる~
 愛人の廃れていく様を本編になぞり、展開しています。
 本編では語っていない、デルフィーの想いや、2人の子どもが登場いたします。


 ▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
 本編はここまでとして、一度完結いたします。
 全てを失って、全部を手に入れた2人のラブストーリーでした。
 ざまぁ編は、1万字程度の内容ですが、改稿できていないので、投稿までは、もうしばらくお待ちください。
 沢山の作品の中から、この作品を見つけて、ここまで読んでいただきましたこと、本当に嬉しく思っています。
 感想をいただけると、とても喜びます(୨୧ᵕ̤ᴗᵕ̤)。

(あとがき)
「1冊の本の中で、2人の関係の変化を追って行くような小説を書きたい」。その気持ちから、没頭して書き上げた作品です。
 作者はもちろんワイン好きでワイナリーまで足を運び、嗜む以上にガバガバ呑みます。
 自分を失う程酔う事はないですが。
 昔は、パエリアが得意でよく作っていました。家族が、サフランライスが好きではないので、もう作らなくなって大分たちますが、出来上がった時の豪華さが好きでした。
 実際に見た景色は、地中海式気候の土地ではなかったですが、綺麗なオリーブ畑に感銘した記憶。
「自分の好き」を作品に込めて描いたので、自分にとっては、この先も思い入れのある1作になると思っています。
 この作品は、固い表現から始まり、先の分からないボヤッとした描写からの急展開で、読み手のストレスが多い作品ではないかと思い、投稿速度だけでもストレスを軽減できるようにと気にしていました。
 次作はどのようなペースで投稿していくか決めていませんが、今後もよければ応援をお願いします。
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