私の何がいけないんですか?
「お待ちください、父上!」


 けれど、祝福ムードに包まれた広間に、不似合いな声が響き渡る。ハンネス様と共に振り返れば、そこには顔を真っ青にしたヨナス様が居た。


「エラは僕の女官なんです! 勝手に話を進めないでください!」


 陛下に向かって勢いよく詰め寄り、ヨナス様は声を荒げる。息子のあまりの取り乱しように、国王陛下も皇后陛下も困惑しきりだ。ハンネス様を振り返りつつ、眉間にグッと皺を寄せた。


「確かにエラはお前付きの女官だ。けれど、彼女の結婚についてとやかく言える立場ではない。分かったらこの話は終わりに――」

「いいえ、父上! エラが居なくなることは我が国の損失です! 彼女ほど優秀な女官を、こんなに簡単に手放して良いのですか!?」


 駄々を捏ねる子どものように、ヨナス様が地団太を踏む。見ているこちらが恥ずかしくなる有様だ。両陛下も同じ気持ちらしく、恥ずかしそうに頬を染めた。


「その点はご心配なく。我が国から優秀な女官を一人お連れしますよ。エラ嬢に負けず劣らず、優秀な女官です。母親が貴国出身ですし、以前から留学を希望していましたから、今回の決定にとても喜んでいます。それに、エラ嬢はあなたにとって乳姉弟ですから、俺達の結婚で国同士の絆が深まります。決して損失にはならないかと」


 ハンネス様が穏やかに微笑む。興奮し、取り乱しているヨナス様とは対照的だ。


「いい加減にしなさい、ヨナス。殿下に対してあまりにも失礼だろう」

「しかし僕は……! エラは僕のものなのに」


 消え入りそうな程、小さな囁き。けれどそれは、ここに居る誰の耳にも届いたようだ。両陛下はワナワナと唇を震わせ、怒りが爆発するのを必死に堪えている。私の両親も驚きに目を見開き、明らかに困惑した様子だ。この状況下でそんなことを口にするとは――――。


「悪いけど、エラ嬢は君のものじゃない」


 ハンネス様がそう言って、私のことを抱き寄せる。ヨナス様みたいに強引に腕を引くことも、捩じり上げることも無い。労わるような触れ方だった。ここ数日、ピンと張り詰めていた心が一気に弛緩していく。私はハンネス様の腕に、そっと身体を預けた。


「俺は夫として、エラ嬢を幸せにする。彼女を選ばなかったのは他でもない。君自身だろう?」


 ヨナス様が目を見開く。口を何度かハクハクと開閉するも、返す言葉がないらしい。当然だろう。彼が私を選ばなかったのは紛れもない事実だもの。

 もしもヨナス様がハンネス様よりも先に、両陛下や私の両親に話を通していたなら、話は違っていたかもしれない。彼の愛妾として尽くすよう、私は全員から説得を受けていただろう。

 けれど、そうはならなかった。

 ハンネス様は、真正面から私を迎えに来てくれた。選んでくれた。
 どこまでも誠実で、温かい人。ハンネス様の側に居たい。一緒に歩んでいきたいと思う。


「だっ……だけど、エラとは出会ったばかりだろう? 本当に上手くいくのか? 幸せにできるのか? そもそも、いきなり国を離れさせるなんてあんまりじゃないか。逃げ場もなく、頼る相手もいないエラの身にもなってほしい。王族に――しかも他国の王族に嫁ぐことが、どれ程大変なことか! きっとたくさんの好奇の視線や批判に晒される。そんなの酷だ。エラはずっとここに居ればいい。僕の側に――――」

「貴族なら、顔すら合わせることなく、結婚当日を迎えることだって普通にありますよ。エラ嬢は美しく聡明で、素晴らしい女性ですから、我が国の皆から快く受け入れられるでしょう。もちろん、彼女のことは俺が全力で守ります。御心配には及びません。……大体、俺だって元々は、段階を踏んでエラ嬢との距離を縮めるつもりでした。それなのに、手紙も面会も全て退けられた。――――俺の邪魔したのは、何処の誰です?」


 ハンネス様が、私の向こう側へと視線を遣る。すると、数人の騎士達が息を呑んでたじろいだ。私に付けられた騎士達だ。
 両陛下は驚きに目を見開き、ヨナス様を睨みつける。これ以上恥を晒すなと、表情が物語っていた。ヨナス様はワナワナと唇を震わせながら顔を背ける。奇妙な沈黙が流れた。


(信じられない)


 改めて、ハンネス様を見上げる。少しずつだけど、実感が湧いてきた。


(私、ハンネス様の妃になれるの?)


 本当に彼に選ばれたんだ――――ハンネス様の手のぬくもりが、これは夢じゃないんだって教えてくれる。嬉しくて、幸せで、胸がドキドキと鳴り響く。

 だけど、この時のわたしは気づかなかった。ヨナス様が私を狂気に満ちた瞳で見ていたことに――――。
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