私の何がいけないんですか?

4.婚約者と幼馴染

 一体、何が悲しくてこんな役回りを担わなければならないんだろう。


「テーブルはこちらに。丁度こちらの木に花が咲く頃でしょうから。王宮以外で滅多に見られない花です。きっと、参加される令嬢方に喜ばれるでしょう。それから、お茶の妨げにならない程度に、周辺に花を植えさせて、茶葉は今から取り寄せさせて――――と、そのように手配して宜しいでしょうか、クラウディア様?」


 話を勝手に進め過ぎたことに気づいて、振り返る。すると、天使みたいに可憐な令嬢が、困ったように微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、エラ様。わたくし、お城のことは知らないことばかりで。こうして補佐していただけて、とてもありがたいですわ」


 太陽みたいに煌めく金の髪、空色の瞳、上品で可憐で控えめな、物凄い才女。それがクラウディア様――――ヨナス様の婚約者だ。

 由緒正しき公爵家の長女で、御年十六歳。私達の二歳年下だ。けれど、年の差を感じさせない堂々とした態度。誇り高く美しい、王妃になるために生まれてきたみたいな女性だった。


 ヨナス様との婚約が発表されたクラウディア様は、未来の王妃として、王宮での教育を控えている。同年代の令嬢方との社交も、彼女が受け持つ大事な仕事だ。
 だから、王宮の見学と、茶会セッティングの準備を兼ねて、こうして城内を回っている。
 その役目を仰せつかったのが、女官である私だった。


「クラウディア様ならすぐに覚えられますわ。本当なら、私のサポートも不要だと思いますもの」


 実際問題、私が彼女について回るのはナンセンスだ。クラウディア様に必要なのは護衛騎士位。女性同士って、無駄に気を遣ってしまうし、物凄くやりづらい。
 茶会だって本当は、クラウディア様の好きなようにセッティングをすれば良いと思う。

 だけど、采配をしたのは他でもない。ヨナス様だ。


『エラはとっても優秀だから。城のことは何でも知っているし、彼女に色々聞くと良いよ。その方がクラウディアも安心だろう?』


 ヨナス様は私たち二人を前に、そう言って優しく目を細める。


(ヨナス様の鬼。悪魔)


 女心をちっとも解さない――――少なくとも、私がクラウディア様だったとしたら、自分以外の女を目の前で持ち上げて欲しくはない。寧ろ不安になる。
 もしかしたら、私の心が狭いだけで、完璧と名高いクラウディア様は気になさらないかもしれない。不安や嫉妬なんて感情とは、縁のない方なのものかもしれないけど。


「ありがとうございます。そう言っていただけて、とても嬉しいですわ。けれど、殿下はわたくしの素養に不安を抱いていらっしゃるようですから、やはりエラ様にお助けいただかなくては……」

「そんなことはございません!」


 やっぱりクラウディア様は気にしていた。そりゃそうだよ。婚約したての時期なんて、一番浮かれていて然るべき時だ。
 自分だけを大事にして、優しく、褒めてほしいものだと思う。幼馴染の女なんて、側に居るのも嫌だろうし、褒めるなんて以ての外だ。仕事だから、全く関わらないっていうのは無理かもしれないけど、それでももっとやりようがある筈だもの。


「……他の並み居る候補者たちを差し置いて、王室やヨナス様はクラウディア様をお選びになりました。あなたはこの世界の誰よりも素晴らしい女性なのです。どうぞ、胸を張って下さい。私も全力でサポートしますから」


 それはきっと、少し前の私だったら言えなかった言葉だ。それどころか、劣等感に塗れて、うじうじと恨み言を口にしていたかもしれない。


「ありがとう、エラ様」


 クラウディア様はそう言って、穏やかに微笑む。


 私を変えてくれたのは他でもない。ヨナス様の婚約が発表された夜、私をダンスに誘ってくださった男性――――ハンネス様だ。



『同い年、ですか?』

『ええ。老け顔だからよく驚かれますが、まだ十八歳なんですよ』


 ハンネス様はそう言って困ったように笑う。穏やかな笑みも素敵だけど、こうしていると年相応に見える。なんだかとても親近感が湧いた。

 彼は多くを語らなかった。出身地も、爵位も、ファミリーネームすらも。聞けば教えてくれたのかもしれないけど、無粋な気がして止めた。

 だけど、短い会話の中でも、彼の人となりはよく分かった。

 穏やかで思慮深く、春のひだまりみたいに温かい人。何も会話をしなくても、心地よい時間を過ごせる人。少しミステリアスで、誰にも見向きされない雑草にすら慈愛を注いでくれるような優しい人。

 彼みたいな人を好きになれたら――――愛されたら、物凄く幸せだと思う。
 愛に裏切りは付き物だって知っている今、私一人に愛情を注いでほしいとか、そんな風に思っているわけじゃないけれど。


『今夜は楽しかったです。ありがとう、エラ嬢』


 別れ際、ハンネス様はそう言って手を差し出した。


『私も! 誘っていただけて……一緒に踊っていただけて、本当に嬉しかったです!』


 心からの感謝を伝え、私は彼の手を握る。温かくてゴツゴツした、男の人の手だった。


『本当は俺、夜会の類は苦手なんです。けれど今夜は、エラ嬢に出会えた。あなたのような素敵な女性と踊れて、光栄でした』


 縋りつきたくなるような優しい言葉。
 本当は『初めてダンスに誘われたんです』って、そう伝えようと思っていたのに。そうすることが憚られる程、心がポカポカと温かい。例えばそれが偽りの優しさ、言葉だったとしても、私には十分だった。枯渇していた自信が漲ってくる。ハンネス様の言葉に見合えるよう、胸を張ろうと思えた。


『また、お会いできる日を楽しみにしています』


 ありふれた社交辞令。きっと二度目はない――――それでも、次回を約束する言葉は、私を物凄く強くする。
 彼にまた会えるその日のために、もっと素敵な女性になりたい――――。


『はい、きっと』


 そうして私は、夜会通いをピタリと止めた。
 他にもっと、すべきことがあると思ったからだ。

 当然だけど、あの夜以降、ハンネス様には会えていない。調べてみても、彼のことはちっとも分からなかった。
 もしかしたら彼は、私の抱いた幻想なんじゃないか――――そんな風にすら思えてくる。

 だけど、きっとそれで良い。
 彼がくれたものは、ちゃんとここに残っている。私の心を温めてくれているのだから――――。



「え……」


 その時、私は自分の目を疑った。

 日光に煌めく銀髪、透き通るような翠の瞳、神々しい程に美しいその顔立ちは、見間違えようがない。


「ハンネス様――――」


 彼の名前を呟きながら、胸がトクンと高鳴った。
< 4 / 16 >

この作品をシェア

pagetop