国民的アイドルの素顔についての報告書
「めぐ、来い」

毛の長いラグの上にあぐらをかいた拓斗が腕を広げる。拓斗が何を望んでいるのか、私は何をしなければいけないのか、嫌なくらいわかってしまう。

「っ……、」

テレビの電源を切って、一度呼吸を整える。静けさに包まれた部屋で、私は数学の次に苦手なことをしなければならない。
私が、拓斗がいないところで、拓斗以外をかっこいいと言った罰として。

「別に、ライくんのこと、そういう意味で好きなんじゃないよ」
「今はンなこと訊いてねーんだよ。おら、来い」
「やだ……恥ずかしい、」

拓斗の目の前でその腕に飛び込むことを躊躇っていると、ぐいと手首が引かれた。勢いを殺しきれずに、私の身体が拓斗の胸に強く打ち付けられる。日頃から鍛えられたそれは、そんな衝撃じゃビクともしなかった。

「いたい」
「痛いくらい抱きしめとかないと、お前どっか行くだろ」
「ねぇだから痛いって、」
「るせーな。ちょっと黙ってろ」

ぎゅう、と身体を拘束される。拓斗と私は一回りくらい身体の大きさが違うから、強く抱きしめられると骨が折れちゃわないか心配になる。柔らかい私の身体とは違って、ひとつも私の形に沈んでくれない硬い身体が、私を強く絞める。

「キス」
「へ?」

突然降ってきた言葉に、思わず間抜けな声が出た。キス。拓斗のグループ名にも入っている単語は聞きなれたものだけど、今この場でそれが発されることには嫌な予感しかしない。

「キスの仕方、教えただろ。忘れたのか」

どういう雰囲気になったらキスをするのか、顔の角度と、唇の食み方。何も知らなかった私に、拓斗は一から全部教えてくれた。
けど、

「今日はしたくない」
「あっそ」


ただの兄妹じゃない。私と拓斗は恋人で、だけどそれは一方通行。

拓斗から与えられる愛は、少し暴力的で、俺様で、ちょっとだけ怖い。
私は、今日も「優しくして」と言えずに拓斗の腕の中で秘密のぬくもりに包まれる。
トクトクと打つ鼓動だけが、今日も優しかった。
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